【デイリー・コリア・フォーカス】26年5月7日号

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徐台教 2026.05.07
誰でも

皆さま、アンニョンハセヨ。

5月7日、木曜日です。GW休みを経て数日ぶりに「デイリー・コリア・フォーカス」をお送りいたします。

いやはや、長い時間ニュースレターを休むものではないですね。ニュースは溜まるし、焦りも感じます。とはいえ、本も読み、色々な考えを文章にまとめるなど、有意義なお休みでした。またバリバリやります。

今日の目次は以下の通りです。

なお昨日、韓国統一部が公開した朝鮮民主主義人民共和国の新憲法については、明日から数回にかけてゆっくりと取り上げます。すぐに飛びついて書くよりも少し精査したいところです。関連資料はすべて持っています。

1. 統一地方選特集(上)広域自治団体長選
2. 韓国国会で改憲に向けた採決も、保守野党の反対で「不成立」
3. 今日の時事韓国語「어린이날」

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1. 統一地方選特集(上)広域自治団体長選

来たる6月3日、韓国では統一地方選があります。4年に一度おこなわれるもので、正式名称は「第9回全国同時地方選挙」です。

第1回の同選挙は1995年6月27日にありました。

韓国では1961年5月にクーデターで権力を握った朴正煕少将(軍事革命委員長)が翌年、大統領権限代行となり、さらにその翌年に大統領となる過程で、それまでの地方自治が停止され、強力な中央集権体制へと再編されました。

この制度は朴正煕、全斗煥政権と続き、1987年の民主化を経てようやく廃止されます。地方自治制は1991年に「復活」し、同年、1960年以降はじめての地方選挙が二度に分けて行われました。

その後、これを一つに合わせ、1995年に第1回全国同時地方選挙が行われたという形です。

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地方選挙は同じ4年任期の国会議員と隔年で行われます。

4の倍数年に国会議員選挙(2020年、2024年など)があり、その前後2年に地方選挙がある(2022年、2026年など)と覚えれば分かりやすいです。

なお、夏季五輪の年に国会議員選挙、冬季五輪の年に地方選挙という覚え方もありです。

メディアでは今回の選挙を、その投票日から「6.3地方選挙(ユッサムチバンソンゴ)」と呼んでいます。選出対象は広域自治団体長、基礎自治団体長、教育監、広域議会議員、基礎議会議員となります。

地方自治法によると、地方自治体は大きく「特別市・統合特別市・広域市・道・特別自治道」「市・郡・区」に分かれます。

前者が広域自治団体、後者が基礎自治団体となります。地方選挙ではそれぞれの首長と、議員を選出します。

教育監というのは、文字通り教育自治の総責任者を指します。1991年から選出が始まりましたが、2010年から地方選挙に合わせて同時期に選出されるようになりました。各広域自治団体において一人ずつ選出されます。

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このように、6月3日に行われる選挙は非常に大規模なものです。投票日まで30日を切る中、選挙の概要を二回に分けて説明します。

一回目の今日は「広域自治団体長」についてです。前回の2022年には17か所で行われましたが、今回は全羅南道と光州市が合併したことで16か所となりました。

地方選挙における勝敗が、最も分かりやすく現れる部門と言えます。

広域自治団体長選の一覧。筆者作成。

広域自治団体長選の一覧。筆者作成。

現状については、一覧表をご参照ください。

本来ならば顔写真や地図を添え、もっと見やすくすべきところ、文字だけとなってしまい恐縮です。デザイナーに頼めるようになりたいものです。文字が小さいので、拡大してご覧ください。

選挙の動向はどうでしょうか。

最近の地方選挙は大統領の就任から近い時期に行われることが多く、与党有利となる傾向があります。フレッシュさが期待につながる大統領の高い支持率が、与党の支持率を後押しするためです。

例えば、文在寅政権下の2018年6月にあった地方選挙では17の地域中、14の地域で当時の与党・共に民主党が勝利しています。

この時、就任から13か月目を迎えていた文大統領の支持率(国政遂行への肯定評価)は、同年4月に南北首脳会談を実現させていたこともあり、78%に達していました(韓国ギャラップ)。

しかも投票日前日はなんと、史上初の朝米首脳会談がシンガポールで行われるというおまけつきでした。

続く尹錫悦政権下で行われた22年6月の地方選挙では、当時の与党・国民の力が17の地域中、12の地域で勝利する大勝を収めました。

尹大統領の就任からわずか22日目の選挙ということもあり、「期待値込みの数値」と分析されています。

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それでは今回の選挙はどうでしょうか。

たくさんの世論調査結果が発表され、それらに目を通すだけでも目が回りますが、現状では与党・共に民主党の有利は明白です。

李大統領の国政遂行への肯定評価は64%(韓国ギャラップ、調査期間4月28日~30日)に達しており、大統領当選時の得票率49.42%を大幅に上回っています。

これは中道層(浮動層)と一部の保守層が李在明氏を支持していることを示しています。同じ世論調査で政党支持率は、共に民主党46%、国民の力21%と大きな差がついています。

ふたたび一覧表に目を戻してみましょう。

この中で接戦が予想されるのは、ソウル市・大邱市・釜山市・蔚山市・忠清北道・慶尚南道・全北特別自治道(こちらは与野党よりも三つ巴での接戦が予想)の7か所です。黄色で印をした地域です。

一方、共に民主党の優勢が明らかな地域は8か所、国民の力は慶尚北道の1か所でのみ優勢です。

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実は4月半ばまでは、共に民主党は今よりも優勢でした。しかし選挙が近づくにつれ、接戦という見立てに変わる地域が増えています。各種世論調査結果にもそれは現れています。

これには二つの理由があります。

一つは保守陣営の危機感です。現職としてソウル市長選に臨む呉世勲(オ・セフン)氏の「ソウルは政権を牽制する最後の砦」という言葉が象徴的です。

過去のニュースレターで言及してきたように、最大野党・国民の力は張東赫(チャン・ドンヒョク)代表を中心に、今なお非常戒厳という名の内乱を起こした尹錫悦前大統領と絶縁できないまま、迷走を続けています。

そうとはいえ「保守が総崩れになるのを放っておけない」という心理が保守支持層にはたらき、票が結集する効果をもたらしているのです。

韓国政治に詳しい周囲の人物などに聞いても「保守はこれから結集する」と口を揃えます。後述する大邱を含め、接戦の地域からは目が離せません。

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もう一つは、与党・共に民主党の「行き過ぎ」です。

4月30日、同党は『尹錫悦政権、造作起訴特別検察法』を提出しました。「尹錫悦政権の検察庁、国家情報院、監査院などの造作捜査・造作起訴などの疑惑の真相究明のための特別検事任命などに関する法律案」という長い副題がついているものです。

「造作(조작、チョジャク)」というのは、日本語にすると「ねつ造、でっち上げ」といった意味です。

この法律は、停止中の五つの裁判を抱える李在明大統領への捜査と起訴が、尹錫悦政権によるでっち上げだったという疑いの元に作られています。

与党は実際に約40日間、国会で同様の疑いを追及する国政調査を行い、その結果に基づき同法案を作成しました。確かにこの過程では一部、捜査が強引に行われた痕跡が見つかっています。

法案には「(特別検察が移牒された)事件について、公訴を維持するか否かを決めることができる」という条項があります。この「事件」に、李大統領の停止中の裁判がすべて含まれているのです。

こんな「裁判自体の取り消し」を可能にする内容を含む特別検察法案については、「三権分立を損ね、法治を破壊する」という指摘が野党のみならず、与党議員や進歩派知識人、リベラル系を含むメディアからも絶えない状況です。

共に民主党の鄭清来(チョン・チョンレ)代表。強引な党運営への批判があります。共に民主党サイトより引用。

共に民主党の鄭清来(チョン・チョンレ)代表。強引な党運営への批判があります。共に民主党サイトより引用。

特別検察官を任命するのは大統領です。大統領みずからが、自身への疑惑を帳消しにしようとするような動きが、極めて異例のものとして受け止められているのです。

こうした批判を受けてか、李大統領も与党に「熟議」を求め、与党指導部もまた、地方選挙後に改めて検討すると一歩引いた状態です。

しかし一連の動きは、統一地方選で与党が圧勝する場合、国会での圧倒的多数と合わせ、与党と政府が権力を恣意的に使うのではないかという疑念を社会に与えているのです。野党にとっては同時に、格好の政権・与党への攻撃材料となっています。

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一覧表に戻りましょう。

私自身としても、接戦地域の7か所にはとても注目しています。

注目度に順位をつけることはできない程ですが、やはりソウル・釜山の行方は大事でしょう。繰り返しになりますが、二つとも与党が勝つ場合、野党の存在感はグッと小さくなります。

また、元は左派の多い都市であったにもかかわらず、故朴正煕大統領の地元の一つとして保守性を強め、今では「保守の心臓」と呼ばれる大邱市長選の行方も気になります。

ここは共に民主党から、金富謙(キム・ブギョム、68)元国務総理が出馬しています。

慶尚北道出身で少年時代を大邱で過ごし、ソウル大学時代は民主化運動に献身、後に政治家となりました。一時期は保守政党にいたこともある人物ですが、2003年以降は進歩派に戻り、今も韓国の代表的な政治家の一人です。

元は京畿道を地盤としていましたが、政争を繰り返す政治を変えようと、2012年、16年、20年と三度、大邱市の小選挙区から立候補しています。16年には勝利を収めました。また、14年の大邱市長選にも出馬しており、この時は敗れています。

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金富謙氏(右から二人目)。飾らない人柄でも知られます。同氏陣営提供。

金富謙氏(右から二人目)。飾らない人柄でも知られます。同氏陣営提供。

韓国では大分うすれたとはいえ、今なお「地域感情、地域主義」というものがあります。進歩陣営は南西部の湖南(ホナム)、保守陣営は南東部の嶺南(ヨンナム)を代表的な根拠地とし、互いに反目するものがその一例です。

これは政治により助長されたものでもあるのですが、金富謙氏のような進歩派の政治家が大邱市に出馬することは、これを乗り越えようとするものとして高く評価される一方、当選は困難を極めます。故盧武鉉大統領もこの路線を頑なに貫き、大統領となりました。

文政権下で国務総理を務め、その後、政界引退までした金富謙氏は今回の出馬の理由について、「一つの党(保守政党)が独占する大邱を変えるため」という旨を明かしています。「大邱市民が国民の力を捨ててこそ、韓国に真の保守が生き返る」というフレーズは強力です。

こうした事情から、保守陣営も結束しています。4月上旬までは金富謙氏の優勢が伝えられていましたが、「大邱が倒れると保守が倒れる」という危機感は相当なもので、今では大接戦となっています。

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選挙の話はキリがないので、一旦ここまでとします。

なお、同じ6月3日には14の選挙区で国会議員の再選・補欠選挙が行われます。再選は当選取り消しとなった地域で2か所、補欠選挙は地方選挙出馬のために空席となった地域で12か所となります。

これは「ミニ総選挙」と呼ばれ、広域自治体の首長選と同様に注目の的となっています。別途整理いたします。

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2. 韓国国会で改憲に向けた採決も、保守野党の反対で「不成立」

4月2日のニュースレターで詳細にお伝えしたように、韓国では今、39年ぶりの改憲に向けた動きが進んでいます。

▲題名を漢字からハングルに変え、▲前文に「釜馬(プマ)民主抗争および5·18民主化運動」を追加し、▲非常戒厳の要件を厳しくし、▲地域間格差をより強く解消する、という内容です。

クリックで当時の記事に飛びます。

クリックで当時の記事に飛びます。

こうした改憲は、禹元植(ウ・ウォンシク)国会議長が6日の地上波SBSニュースに出演し明かしたように、それ自体が重要であると同時に、「改憲に向けたハードルを下げるため」の呼び水的な役割も果たすものとされます。今後、ガッツリとした改憲があるということです。

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改憲案は今日7日の国会本会議で上程されました。

唯一、改憲案に反対する国民の力から12人が造反する場合に可決となり、6月3日の統一地方選で国民投票が行われることになります。

しかし今日午後2時過ぎ、国民の力は改憲案採決の際に国会本会議場を後にします。禹元植議長は午後4時まで待ちましたが、同党は戻らず、投票自体が不成立となりました。

国民の力の指導部は、前述した特別検察法を例に挙げ、今回の改憲が「(李大統領の)連任用の改憲のための準備ではないか」とし、改憲の議論自体に参加しませんでした。

これは李大統領が憲法を変え、退任後も大統領を続けようとするという、かなり強引かつ非現実的な主張です。取りつく島もないということです。

与党側には、選挙が近づけば情勢的に不利な国民の力が翻意するという見立てがありましたが、それも甘い考えだったようです。

なおこの日、保守派の改革新党も「説得の努力が足りない」とし、議決に参加しませんでした。

与党は明日8日にもう一度採決を行うとしていますが、可決の可能性は低いでしょう。重ね重ね残念です。

6日、前出の特別検察法に反対する国民の力所属議員たち。前列中央が張東赫(チャン・ドンヒョク)代表。同党提供。

6日、前出の特別検察法に反対する国民の力所属議員たち。前列中央が張東赫(チャン・ドンヒョク)代表。同党提供。

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3. 今日の時事韓国語「어린이날」

「オリニナル」と読みます。日本語では「子どもの日」です。

韓国の国家記録院によると、韓国ではじめて子どもの日が宣布されたのは、1922年のことです。天道教の少年会によるもので、翌年には朝鮮少年運動協会も子どもの日を制定しました。

当時の子ども日は5月1日でした。しかしこれがメーデーと重なり、「日帝の弾圧を受けたため」、1928年からは5月の第一日曜日となりました。

これは1937年まで維持されたものの、「日帝による少年団体の解散命令」により中断されます。

再開されたのは1946年のことです。この時から5月5日となりました。今のように法定公休日となったは1975年のことだそうです。

今回、いくつかの記事を調べてみたところ、植民地時代に5月5日になったという内容もありました。これは1927年に朝鮮総督府が同日を「児童保護日」と定めたという点や、端午の節句と関連するという内容もありました。

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今日はここまでです。

最後に余談(?)を一つ。

5月3日、日本から来た知人の案内を兼ねて、鉄原(チョロン)郡を久しぶりに訪問しました。今年1月以来です。

定番の労働党舎の向かい側に、見慣れない『鉄原文学館』ができていました。

鉄原文学館。立派な建物です。筆者撮影。

鉄原文学館。立派な建物です。筆者撮影。

中に入り色々と見ていたところ、鉄原郡の職員が現れ、オープンしたばかりのこの文学館の元の名称が『李泰俊文学館』であったと言うではありませんか。

李泰俊(イ・テジュン、1904~未詳)といえば、韓国の短編小説の名手として知られる人物で、植民地期に多くの作品を発表しています。

その後、解放空間(1945年8月~1948年8,9月)の間に北側へと渡り、そこでも作品を発表しますが後に粛清の対象となり、その没年も分からないまま生涯を終えました。

文学館から李泰俊の名が消された理由もここにあります。鉄原出身で広く知られた人物とはいえ、北側に渡った人物の名を冠することはできないと、軍の横やりが入ったそうです。

何たる時代錯誤と思い聞いてみたところ、朝鮮戦争時の激戦地で、今なお北朝鮮と正面から対峙する最前線である鉄原において、軍の発言力は強く、仕方なかったそうです。

なお、韓国では北朝鮮に渡ったり協力した作家は長く発禁の対象となりました。

民主化以降の1988年になって、ようやくこの措置は解除されました。その間、日本の研究者が李泰俊研究を進めていたと、この職員は教えてくれました。

恥ずかしながらその作品を読んだことがなかったので、これを機に作品集を購入し、二、三読んでみましたが、なるほど名手です。一番関心がある『解放前後』という作品にこれから取り掛かります。

李泰俊作品集。楽しみです。

李泰俊作品集。楽しみです。

世の中は知らないことだらけです。よい旅行でした。

余談が長くなりました。

それではまた明日。今後ともよろしくお願いいたします。

アンニョンヒケセヨ。(徐台教)

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