[66号] 記者に‘圧力’…変わらぬ韓国大統領室、韓国政治「次の一歩」の行き先は、北朝鮮に‘スタバ’で資本主義アピール?
サポートメンバーの皆さん、アンニョンハセヨ。
重要なニュースの洪水に流されるかのようにあっという間に一週間が過ぎてしまいました。私が圧倒されては元も子もないのですが、韓国に20年以上住む中で韓国政治、韓国社会、南北関係や朝鮮半島情勢と、こんなにもあちこちで「軋み」を感じるのは初めてのことです。
87年の民主化、88年ソウル五輪、89年冷戦終結、91年南北同時国連加盟・南北基本合意書という韓国現代史における一連のエポックメイキングな出来事から30年が経ち、韓国と韓国を取り巻く環境は完全に転換期に入っているという認識です。
朝鮮半島情勢をはじめ、韓国の未来は全く読めません。AIをはじめとするテック系の議論が一部で盛んですが、これらが国家の未来を導いてくれる訳ではありません。
特に「諦め」すらはびこっているように見える韓国社会への処方が急がれます。今回重点的に取り上げましたが、人々がどんな社会を望んでいるのかを議論する土台からまず再建する必要があるでしょう。
それはそうと、書きかけの記事がいくつか溜まってきています。これはダダっとリリースしていくのでお待ちください。まずはニュースレターからお送りします。
今回の目次は以下の通りです。
(1)記者は“おとなしく”?変わらぬ大統領室
(2)韓国政治「次の一歩」の行き先(YouTube『徐台教の韓国通信』の補足もかねて)
(3)北朝鮮に‘スタバ’で資本主義をアピール?
(4)あとがきに代えて
(1)記者は“おとなしく”?変わらぬ大統領室
11月7日に尹錫悦大統領の記者会見がありました。今年4月の総選挙での大敗の原因の一つに「意思疎通不足があった」とされたことで取り入れられたもので、前回5月9日から約半年ぶりに行われました。
焦点はいわゆる「尹錫悦・金建希スキャンダル」への説明です。
政治ブローカーのミョン・テギュン氏と尹大統領の通話音声が公開されたことでにわかに火がついた22年6月の補欠選挙介入疑惑ですが、結果として尹大統領の口から明確な説明はありませんでした。
尹錫悦大統領(当時は大統領当選人)のスキャンダルを整理したもの。事実の場合、尹大統領は公職選挙法違反に問われることになります。本格的に捜査すべきと野党は口を揃えていますが、実現するまでは遠い道のりです。筆者作成。
尹大統領は記者会見の冒頭で「私の周辺の出来事で国民にご心配をおかけしました。大統領は弁明する職ではありません。すべてが私の手落ちで不徳の致すところです。国民の皆さんに申し訳ないと述べ、心の底から謝罪いたします。これからは気を配り、国民の皆さんに不便と心配をかけることが無いようにします」と謝罪しました。
ところが、質疑応答の中で釜山(プサン)の主要地方紙『釜山日報』のパク・ソクホ記者がこの謝罪について「少しばかりぼんやりした包括的な謝罪だった。会見を見守る国民達が大統領が何について謝罪したのか首をかしげるかもしれない」とし、追加説明を求めました。
これに対し尹大統領は「何がダメな部分なのかを言ってくれればそのファクトについて謝罪することができる」、「(ここで)事実かどうか合っている、間違っていると争うことはできない」とズレた返答をしました。
他の部分でも「妻(金建希氏)が謝罪をたくさんしろと言った」と発言するなど、非をはっきりと認めないまま会見が終わりました。
今月7日の会見で謝罪する尹錫悦大統領。大統領室提供。
尹大統領の謝罪が上辺だけのものであることを明らかにした点で、これはナイスな質問だったのですが、会見から二週間近くが経った19日になって、大統領室が反応しました。
この日、国会に出席したホン・チョルホ政務首席はある野党議員の「(尹大統領は)どの点について具体的に謝罪したのか」という質問に「大統領に対する無礼で、直すべきだ」と答えたのです。
さらにホン首席は記者会見の際に同じ質問が出たというこの議員の問いに「釜山日報の記者だが、記者が大統領に対する無礼をはたらいたと思う」と重ねて答えました。
ホン首席はまた「大統領が謝罪したのにまるで幼い子どもに親がさとすかのように『何が問題だったのか』とする態度は正されなければならない」と付け加えました。なお、政務首席というのは大統領室と各政党をつなぐ要職です。
韓国には記者たちの互助組織として、韓国記者協会があります。同協会は協会報をネットに公開しています。
20日の協会報の記事の中で釜山日報のパク・ソクホ記者が「メディアの役割と記者の社会的な責任を否定する発言」とホン首席の発言を批判し、「記者が質問したことに対し、その態度を改めろというのは今後『同じような質問をするな』と大統領室のクラブ記者たちに一種のガイドラインを言い渡すものではないか」と明かしています。
釜山日報のパク・ソクホ記者。記者会見時の様子です。韓国記者協会報から引用。
ガイドラインというのは「指針」のことで、韓国で朴正熙、全斗煥という独裁政権時代に存在した「報道指針」を想起させる単語でもあります。パク記者は「こうなる場合、誰が最高権力機関である大統領室にそうした質問ができるというのか」とも述べています。
過去のニュースレター(30号)でもお伝えしたように、大統領室や与党は、MBCをはじめとする政権に批判的なメディアへの圧力を強めています。
韓国では市民団体がメディアを告発するケースが多いのですが、今年9月には大統領室の元行政官が「市民団体の告発は私がやらせたもの」と発言する音声ファイルが公開され、話題となりました。
先出の協会報でも「記者クラブがクラブとして対応すべき」としていますが、こんな時、クラブは弱腰です。大統領室との関係は各社とも死活問題になるので、声を上げられないのです。この辺が左右のメディアが垣根を越え団結し言論の自由を守る米国とは異なるところです。
実は似たような出来事が他にもありました。
今月9日にソウル市内の軍施設内(一般の市民も出入り自由な場所)のゴルフ場で、ゴルフをする尹大統領の姿を撮影した韓国テレビ局CBSの取材陣が、大統領警護処に厳しく取り締まられたのです。