【デイリー・コリア・フォーカス】26年3月13日号

皆さま、アンニョンハセヨ。
今日3月13日も、韓国から徐台教が「デイリー・コリア・フォーカス」をお届けします。
昨日(12日)、6年ぶりに北京と平壌を結ぶ列車の運行が再開され、ロシアと朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)を結ぶ自動車用の橋が完成したと相次いで報じられました。
しかし南北関係は動かないままです。さらに、在韓米軍が韓国に配備していた兵器を中東へ移送する事態を迎え、韓米同盟や自主国防について考え直す機会が訪れています。
ただ、豪州で行われているサッカー大会で心温まる出来事もありました。他方、母が強制送還の危機にあると訴える脱北青年の姿に心動かされました。後述します。
右を見ても左を見ても世界中が揺れていますが、まずは一つ一つ状況を把握していくことからですね。
今日の目次です。
1. 「梨泰院惨事」から3年、はじめての聴聞会で遺族は涙
2. 朝鮮半島情勢を読み解くには、「人間」という視線が不可欠
3. 今日の時事韓国語「참사」
1. 「梨泰院惨事」から3年、はじめての聴聞会で遺族は涙
2022年10月29日晩、ソウル・梨泰院(イテウォン)で起きた出来事を覚えていますか。
狭い下り坂の道にハロウィンため集まった市民が密集し、159人が圧死するという痛ましい事故がありました。死者の75%は10代と20代の若者でした。韓国メディアでは「梨泰院惨事」と呼ばれます。
梨泰院には過去にも、ハロウィンに合わせたくさんの市民が訪れ、事故の危険性を指摘する声がありました。
当日にも事故発生を危ぶむ通報が相次いだにもかかわらず(「圧死の危険がある」という市民からの通報は、事故発生4時間前の午後6時33分)、なぜこんなひどい出来事が起きてしまったのでしょうか。
事故の原因、何よりも政府の対応が妥当だったのかについての疑問が、発生直後から持ち上がり、調査が行われてきました。

事故現場の路地。事故翌日の22年10月30日に筆者撮影。
その結果の一つが、2023年1月に国会の国政調査を経て整理された報告書です。
報告書では事故の原因について、たくさんの人出が予想され安全が憂慮されていたにもかかわらず、「関連機関が安全対策を立てず、予防に失敗した」ことにあると結論づけています。
具体的には、「警察が適切な措置を取らなかった」ことや、梨泰院一帯を管轄する「龍山(ヨンサン)区庁が特別な行政措置を取らなかった」ことなどです。
事故発生以降の対応にも問題がありました。
報告書はこの部分について、「各機関は報告システムの不備により、時宜に適った状況の伝播(共有)が行われず、責任者などに報告が届かず、迅速な可用資源の動員といった初動措置に失敗した」と整理しています。
しかし当時の調査は、事故直後ということもあり、物足りないものでした。
他方、25年10月には政府(李在明政権)が『10.29梨泰院惨事合同監査』の結果を発表しています。
ここでは、22年5月に就任した「尹錫悦大統領が大統領府を龍山区に移したことが、事故の背景である」と明かされました。
大統領の警備のため日常的に警察の人員が割かれ、事故当日も、現場では警備がまったく行われていなかったというものです。
また、「龍山警察署は2020年と21年のハロウィンの際には樹立(立案)していた警備計画を、2022年には樹立しなかった」ことなどが明かされました。
なお、この事故と関連しては、24年9月に警察のイ・イムジェ龍山署長(当時)に業務上過失致死などの罪で禁錮3年の一審判決が出ています。また、龍山警察書の112(日本の110番にあたる)状況室長などにも有罪判決が出ています。
やはり業務上過失致死などの疑いで起訴されていた、パク・ヒヨン龍山区長など、龍山区庁の職員には全員無罪が宣告されています。

事故現場近くの電柱には「子どもたちよ、お前たちを守ってやれず本当に申し訳ない」と書かれた張り紙も。22年10月、筆者撮影。
25年6月に李在明政権が発足して以降、先の政府監査と並行し、『10.29梨泰院惨事の真相究明と再発防止のための特別調査委員会』を中心とする再調査が始まりました。
同委員会は尹錫悦政権当時の24年9月に結成されていましたが、その活動は李在明政権になって、ようやく本格化しました。そしてはじめての聴聞会が12日、行われました。
目的は、政府の対応に問題がなかったのかを改めて調査するためです。
初日となる12日には、事故当時の李祥敏(イ・サンミン)行政安全部長官などが出席しました。行政安全部は災難災害時にコントロールタワーとなる省庁で警察も傘下にあります。尹政権は当時、警察への監督権を強めていました。
李祥敏元長官については、事故発生から約2時間半後の、30日0時45分頃に現場に到着にしたにもかかわらず、なぜすぐに「中央災難安全対策本部」を作らなかったのかという点への追及がありました。
これに対し李元長官は「現場では特別な動きがなく静かだった」と答えています。聴聞会に参加していた遺族についての謝罪はありませんでした。
また、キム・グァンホ前ソウル警察庁長は、証人宣誓を拒否するなど、協力的でない姿勢を顕わにしました。パク・ヒヨン龍山区長(今も現職です)も、初動の不備を認めながらも、遺族からの辞職要求を拒否しました。

「尹錫悦は不参加、李祥敏は沈黙。『梨泰院の真実』がそんなにも怖いのか」という13日付けの『京郷新聞』の社説。同サイトをキャプチャ。
事故から3年以上が経つ今も真相究明が終わらない理由は、前述したように尹錫悦大統領が関連しているからです。
この日の聴聞会で明らかになったように、パク龍山区長は事故発生直後にも、進歩系の市民団体が大統領府の近くに置いていったビラを片づけたと大統領側近と近い人物に報告していました。その目は守るべき市民ではなく、権力を向いていたという疑いです。
聴聞会ではイ元龍山警察署長が改めて、大統領官邸の移転が事故の背景にあることを強調しました。事故が尹錫悦氏のせいという訳ではありませんが、現職大統領の存在が真相究明の足かせになっていたのは事実です。
聴聞会の冒頭では、当時、梨泰院の事故現場にいたミン・ソンホさんが「(救助が)10分早ければ、100人は助かったはずだ」と述べ、34人の遺族の多くが涙を流したといいます。ミンさんも死を覚悟し、母親に「もう死んでしまう」と電話をかけていました。
今回の特別調査委員会の報告をもって、ようやく真相究明に決着がつく見通しです。文字通りの「人災」です。
2. 朝鮮半島情勢を読み解くには、「人間」という視線が不可欠
冒頭でお伝えしたように、12日から北京と平壌を結ぶ国際列車の運行が再開されました。
韓国メディアも北朝鮮への玄関口となる国境都市・丹東(向かいは北朝鮮の新義州シニジュ)から現地取材を通じ、その様子を伝えていました。
一方、地上波「KBS(NHKに相当)」は衛星写真を通じ、ロシアと北朝鮮を結ぶ自動車橋が完成したと報じています。
これは日本のアジアプレスその工事の様子を、昨年10月に報じていたものです。ロシアとの間の物流増加につながる見通しです。
このように、中国そしてロシアに対し門戸を少しずつ拡大している北朝鮮ですが、韓国との関係は全くゼロのままです。
そんな中、豪州で興味深い動きがありました。豪州では今、女子アジア杯サッカー大会が行われています。
2027年にブラジルで開催される女子W杯のアジア予選も兼ねているこの大会には、北朝鮮チームが16年ぶりに出場しています。
豪州に住む韓国人(いわゆる海外同胞)たちは韓国と北朝鮮を応援しようと、2月から応援団を組織し、韓国市民もここに合流しました。

豪州で応援する「同胞応援団」。敢えて国旗や統一旗を掲げなかった。チョン・イルヨン氏提供。
そして3月9日、北朝鮮代表と中国代表の試合がありました。応援かなわず北朝鮮は中国に敗れましたが、なんと、退場する北朝鮮選手団が応援席に一礼する出来事がありました。
本ニュースレターをお読みの皆さんならばご存知のように、北朝鮮は23年12月以降、韓国との関係を「敵対的な2国家」と設定し、関係を完全に絶ちました。
今年2月の朝鮮労働党第9回大会でも、この路線を「最終的な重大判断」と位置づけ、改めて韓国を「同族という範疇から永遠に排除する」と明かしています。
それにもかかわらず、北朝鮮選手団は応援団に挨拶したのでした。
実際に今回、韓国から応援団に参加した人物に話を聞いたところ、同選手団は、スタジアムにいた海外同胞応援団が韓国系であることを知っていたそうです。
ひさしぶりに聞いた心温まる(?)エピソードでした。来週、取材して改めて単独の記事にしたいと思います。

終了後、「同胞応援団」に挨拶する北朝鮮選手団。チョン・イルヨン氏提供。
しかしこの話と前後して知ったある脱北民の家族にまつわるお話には、深いため息が出ました。
日刊紙『国民日報』は11日、22歳の脱北民、キム・グムソン氏について報じました。北朝鮮に生まれた同氏は、2019年に母親と一緒に国境の川・鴨緑江を越え中国へと渡ります。
しかしすぐに母親は中国の農村へと「売られて」しまいました。その費用と引き換えに、息子を韓国に送るためでした。キム氏は無事に韓国にたどり着きましたが、母とは音信不通になりました。
そして2020年12月のクリスマスイブ、奇跡がおきます。母とふたたび連絡ができるようになったのです。母は中国の田舎の農村にいました。会うことは叶いませんでしたが、日常的に連絡を取り合うようになりました。
キム氏は昨年、大学生になりました。ですが入学を控えた昨年2月に青天の霹靂とも言うべき連絡を受けます。母が中国とミャンマーの国境で、中国の公安(警察)に逮捕されたのです。韓国行きを決めた母でしたが「失敗」してしまったのです。
母はその後1年2か月の間、中国で拘禁され続け、そして今、北朝鮮への強制送還が迫っているというのです。

キム・グムソン氏について伝える『国民日報』の記事。同サイトをキャプチャ。
中国では通常、「両会」と呼ばれる全国人民代表大会と全国人民政治協商会議全国委員会が終わった後に、脱北民が送還される事例が多いとされます。
その「両会」が閉幕した12日、キム氏はソウルの中国大使館前でマイクを握りました。アムネスティ韓国支部が開いた強制送還に反対する会見に参加したのです。
同日付けの『国民日報』の続報によると、キム氏は「なぜ息子に会うために命をかけなければならないのか。私は母が間違っていたと思わない」と声を上げたそうです。
記事には、「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」が算出した統計が引用されています。2024年から25年9月まで最低でも406人の脱北民が強制送還されており、2020年からの合計は最低でも1076人にのぼるというものです。
キム氏の母は送還をまぬがれることができるでしょうか。
まったく深く取材はできていないですが、13日、私が政府関係者に話を聞いたところ、厳しい状況が伝わってきました。
先述したように、中国と北朝鮮を結ぶ列車も再開している中、送還される可能性が高いという内容でした。「仕方ない」という雰囲気すらありました。
ネットメディア『ノーカットニュース』の取材に、キム氏はこう答えています。
「この先、生涯、母に会うことができなくても、連絡できなくてもよいので、なんとしても(北朝鮮に)送還されず、中国で生きていてほしい。なんとか母を生かしてほしい」。
分断国家の中で、悲喜こもごもの出来事が起きています。
「南北関係」という大きなくくりをもって、人々の顔を見失わないようにしたいです。キム氏の願いがかなってほしいものです…。
3. 今日の時事韓国語「참사」
「チャムサ」と読みます。漢字では「惨事」となります。事故という言葉では表現できない、大きな事故に対し使われます。
22年10月に159人が亡くなった「梨泰院惨事」、24年12月に務安(ムアン)空港で179人が亡くなった「務安惨事」、14年4月に304人が亡くなった「セウォル号惨事」などです。
そしてこの「惨事」という言葉には、悲しいことに「防げた事故」というニュアンスが込められています。もう二度と惨事が繰り返されてほしくありません。
今日はここまでです。
お昼過ぎから書き始めたのですが、途中いろいろと仕事をする中で午後5時を過ぎてしまいました。
来週からは本格的に『コリア・フォーカス』拡張のための準備に入るので、ニュースレターが少し短めになるかもしれません。
それでも続けていきますので、来週からもよろしくお願いします。
ありがとうございます。(徐台教)
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