[64号] 「内憂外患」の韓国、支持率19%…尹大統領に最大のスキャンダル、北朝鮮‘ロシア派兵’の狙いとは、など
サポートメンバーの皆さん、アンニョンハセヨ。韓国の徐台教です。今日から11月からでしょうか、カフェではクリスマスソングがずっと流れています。
この時期にはやり損ねた仕事のために焦燥感にさいなまれるのが常ですが、今年はやや様子が異なり「今年の分の仕事をしっかり終えられる」という自信があります。これは今年一年、ニュースレターを通じて色々と朝鮮半島に関し考えることを続けてきたからだと思っています。
それでも寒くなるのはちょっとイヤですね。私が住む金浦(キンポ)市の某地域はソウルのすぐ隣であるものの特に気温が低いスポットでして、朝晩は10度以下となかなか冷えます。電気代を節約するためオンドル(韓国式の床暖房)を付けずにいるのですが、それもそろそろ限界かもしれません。
閑話休題。韓国は今、文字通り「内憂外患」のただ中にあります。内に尹錫悦、外に金正恩ということで、今日はその話をしようと思います。
そうそう、一昨日10月30日にお送りした記事はお読みいただけましたでしょうか。あのような記事形式の配信は「スマートニュース(smartnews)プラス」というプラットフォーム(月額1480円)の会員も読めるようなシステムになっているのですが、今お送りしているようなジャーナル形式のものは、サポートメンバーの皆さんだけにお届けしています。
◎尹大統領を襲う最大のスキャンダル
尹錫悦:公薦管理委員会が私に(案件を)持ってきたので、私が『キム・ヨンソンが予備選の時から一生懸命やったので、それはキム・ヨンソンにしてやれ』と言ったのだが、意見が党から多いね...
ミョン・テギュン:本当にこのご恩は一生忘れません。ありがとうございます。共に民主党が10月31日に公開した録音ファイルより
さて、まずは尹錫悦大統領の話題からです。
10月31日、最大野党・共に民主党が会見を開き、尹氏の肉声入りの通話ファイルを公開しました。冒頭に引用したような内容です。時期は22年5月。尹氏がミョン氏の頼みを聞き入れ、キム氏を補欠選挙の候補として推薦したという内容です。
これに対し共に民主党側は、「尹大統領が違法に公薦(公認)に介入し、公薦をめぐる取引があったという動かぬ証拠であり、憲政秩序を揺るがす事案であることを立証する物証だ」と攻勢に出ました。
31日晩の韓国各テレビ局のメインニュースはこぞってこの話題を取り上げ、中道的な地上波SBSでもオープニングから約25分にわたって特集するほどでした。
その間、精力的に尹錫悦夫妻のスキャンダルを取り上げてきたMBC、JTBCといった局はさらに長く「尺」を取り、JTBCは40分以上もこのニュースに費やしました。
JTBCの10月31日のメインニュース。実に22本のレポートを出し、尹錫悦の音声ファイル問題を追及した。同局は16年10月から17年3月にかけての朴槿惠大統領弾劾時にも総力報道をしたことでよく知られる。同局HPをキャプチャ。
この日は、朝7時頃に朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮または北韓)による、昨年12月以来となるICBM(大陸間弾道ミサイル)発射という大きなニュースがありましたが、完全に後に追いやられました。
なお、露骨に尹政権の肩を持つ公営放送KBSだけは冒頭から北朝鮮のロシア派兵のニュースを10分以上流していました。
この録音ファイルの公開は今後、とても大事な転換点になる可能性があるのでしっかりと説明します。
まずキーパーソンである、ミョン・テギュン氏(54)についてです。韓国メディアでは事業家と紹介されますが、過去に公職選挙法違反や詐欺の罪で有罪判決を受けている人物です。
ミョン・テギュン氏。ニュースで顔を見ない日はない。同氏facebookよりキャプチャ。
今年9月に韓国のオンラインメディア『ニューストマト』が尹大統領夫人・金建希(キム・ゴニ)さんが今年4月の総選挙の公認に介入したという報じる際に、はじめて名前が知られました。その後いままで、ミョン氏の名前が報道に出てこない日はありません。
金建希・尹錫悦両氏をはじめ、他の有力政治家との過去のやり取りを連日暴露し、いわゆる「尹夫妻スキャンダル」の大いなる「ネタ元」となっている人物です。金建希氏が尹大統領を「オッパ(お兄さん)」と呼びながら小馬鹿にするスマホの対話画面を公開した時には、あらゆるメディアに引用されました。
このミョン氏という人物は当初、よくいる政治ブローカーの一人として受け止められていました。ちょっとハッタリを言って政治家に取り入り、そのおこぼれを貰う程度の人物という印象でした。
しかしミョン氏は、尹氏が大統領になる過程に一定程度関わっていると見られる点で他の人々とは明らかに一線を画すことがすぐに明らかになりました。
みずから世論調査会社を運営しながら尹氏が有利になるような世論調査結果をねつ造し、それを尹氏陣営にも届けていたという疑惑があります。
これは起訴されていませんが、現在は後述するキム・ヨンソン元議員の政治資金法違反に関連し検察の捜査を受けています。その関わりの深さによる自信からか、政権に対する強い姿勢を維持しており、韓国メディア『JTBC』の報道では「(尹大統領が)謝罪しなければ大統領と(一緒に)国政を運営する(証拠の)メッセージを公開する」と述べたともされ、一体どこまで尹氏夫妻の政治的な道程に深く関わっているのか、底が見えない存在となっています。
そしてこんなミョン氏の姿は多くの韓国市民にとって、2016年を想起させずにいられません。当時、朴槿惠(パク・クネ)大統領が政府になんの職責も持たない自身の30年来の知人、崔順実(チェ・スンシル)氏を国政に関与させていることがメディアの取材で明らかになりました。
これが「民主主義が崩壊した」という市民の怒りにつながり、一気に朴大統領の弾劾へとなだれ込んでいったことを、韓国の市民は(私も)昨日のことのように覚えています。ミョン氏はいわば8年前の崔氏のポジションにいる訳で、この構図の「分かりやすさ」が最近になってとみに際だってきました。
10車線の大通りを埋め尽くす「ろうそくデモ」の市民たち。16年11月、筆者撮影。
次の登場人物は、金映宣(キム・ヨンソン、64)元議員です。
弁護士で、90年代に保守政党(当時は新韓国党、現在は国民の力)から政界入りした人物です。96年の総選挙を皮切りにこれまで国会議員に5回当選しているベテラン政治家です。この金氏の公認過程に二度、尹夫妻が関わったとされ、その橋渡しをミョン氏が行ったと整理できます。
一度目は22年6月に慶尚南道の選挙区で行われた補欠選挙、二度目は今年4月の総選挙です。いずれも国会議員選挙です。ミョン氏は過去数年にわたって金元議員側と深く関わってきたことが少しずつ明らかになっています。
キム・ヨンソン議員。同氏facebookより引用。
ここで冒頭の録音ファイルに戻りましょう。この通話が行われたのは22年5月9日のことです。
当時、尹錫悦氏の身分は「大統領当選者」でした。ここでミョン氏に対し「キム元議員の公認を党に認めさせた」と述べましたが、これは翌10日に現実のものとなります。
与党・国民の力はキム元議員を同年6月の補欠選挙の候補として公認し、慶尚南道(キョンサンナムド)の昌原(チャンウォン)・義昌(ウィチャン)という保守が多分に有利な選挙区でキム元議員は当選しました。そしてこの日、尹氏は韓国の第21代大統領に就任します。
それでは何が問題になるのでしょうか。
韓国の公職選挙法第57条6項では「公務員がその地位を利用し、党内の競選(予備選)にて競選運動をしてはならない」と定めています。
大統領も公務員であるため、録音ファイルにあるように候補を決める党内の過程(予備選)に介入したことが明らかな場合、罪に問われます。
朴槿惠元大統領も過去、16年の総選挙における党内予備選に介入したかどで18年2月に懲役2年の実刑判決を受けました。さらには故盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領も04年4月の総選挙に先立つ同年2月、中立義務を違反したとして同3月に国会で弾劾決議案が可決され職務停止となる事態が起きました。この時は憲法裁判所が棄却したことで大統領に復帰しましたが、強大な権力を持つ大統領は、選挙の際にあらゆる関係を絶たなければなりません。
尹錫悦大統領の録音ファイル公開を受け、これが事実かどうか、捜査が必要であるという見方は常識的なものです。
10月24日、訪韓したポーランドのドゥダ大統領と抱き合う尹大統領。大統領室提供。
しかし争点が一つあります。それは果たして「通話当時に『大統領当選人』という肩書きであった尹錫悦氏は、公務員と言えるのか」という点です。
韓国メディアによると、与党は「大統領に就任する前なので公務員ではなく、公職選挙法違反にあたらない」と主張しています。これは通話が事実である場合も同様です。
一方の野党は「尹錫悦氏の‘プッシュ’の効力が発揮されたのは、大統領就任後の5月10日」という旨を主張し、公選法違反に問われるとしています。さらに「まだ録音ファイルの3分の2が残っている」ともしています。
なお、このファイルはミョン氏の知人(会社の職員)がミョン氏との対話を録音したものとされ、尹大統領の発言はミョン氏が再生したものとされています。
ひとまず、ここまでです。
今回の事案を各メディアが大きく報じている理由はズバリ「尹錫悦大統領本人の疑惑であるため」です。
11月10日にちょうど任期5年の折り返しに迎える尹政権にはこれまで多くのスキャンダルがありました。しかしそのほぼ全ては金建希夫人にまつわるもので、今回のように尹大統領が「下手人」として登場したことはありませんでした(バイデン大統領へ悪態を除き)。その点で非常に大きな転換点になる可能性があります。
メディアは大きく騒いでいますが、市民や有権者にはどう伝わるのでしょうか。
11月2日(明日ですね)午後にソウル市内で共に民主党が大きな尹政権批判集会を企画しているので、これにどれくらいの市民が集まるのかが一つの尺度になるでしょう。とはいえ、16年の朴槿惠政権当時は、市民が主体となって「ろうそくデモ」を行っていたので、その空気感はいささか異なります。市民のデモはずっと毎週土曜日に行われていますが、その規模はまだ小さなものです。
11月2日の「金建希、特別検察のための国民行動の日」を呼びかける共に民主党のバナー。
なお、定例調査を行っている『韓国ギャラップ』社によると、最新(11月1日発表。調査期間の尹大統領の国政運営への肯定評価(支持率)は19%、否定評価(不支持)は72%と、いずれも過去最低を更新しました。支持率が10%台となったのは初めてのことで、国政運営の動力は致命傷を負ったばかりか、急速に失われつつあります。
◎北朝鮮‘ロシア派兵’の狙いとは?
「内憂」の次は「外患」です。