韓国激震!北朝鮮の‘ロシア派兵’ 、政府・政界・市民の反応は「三者三様」
(1)「押せ押せ」の尹錫悦政権
・状況をけん引
「ロシアと北韓の軍事協力の進展にしたがい、段階別の措置を積極的にとっていく」
28日午後、韓国の尹錫悦大統領はEU(欧州連合)のフォンデアライエン委員長との電話会談でこう述べた。
同日、韓国の情報機関・国家情報院(以下、国情院)は洪壮源(ホン・ジャンウォン)第一次長を中心とする代表団をベルギー・ブリュッセルに送り、NATO(北大西洋条約機構)とEUに「情報」を説明した。
情報とは他でもない、北朝鮮のロシア派兵に関するものだ。10月に入りウクライナ発でにわかに注目を集めたこの知らせは、18日になって国情院が認めることで一気に公式化した。
これまでに明らかになった情報を総合すると、1万900人(韓国)から1万2000人(ウクライナ)の間で北朝鮮の朝鮮人民軍が派遣される計画で、その内第一陣は既にウクライナに接するロシア領・クルスク州に移動したというものだ。
一部のメディアでは少数の北朝鮮兵士がウクライナ領土に侵入したと報じているが、30日晩の時点では、いつ戦線に本格投入されるのかを各国が固唾を呑んで見守っている状況だ。
29日、ウクライナのゼレンスキー大統領と電話会談を行う尹錫悦大統領。大統領室提供。
尹錫悦政権は韓国から遠く7500キロ離れたウクライナ・ロシア国境で起きようとしている出来事を前に、がぜん意気込んでいるように見える。
ロシアに派兵された北朝鮮兵士の動向や装備、給料、役割といった具体的な情報を各国に先んじて公開し、慎重な態度を取る欧州や米国を、ウクライナ政府と共に二人三脚でけん引する印象すらある。
尹大統領は29日にはウクライナのゼレンスキー大統領とも電話会談を行い「今後、韓国とウクライナ間の情報交流と協力が行われることを期待する」と述べ、両国は今後、露朝の軍事協力に対応するための戦略的協議を進めるとした。
情報だけでない。国情院は実際に「現場(戦場だ)」を訪れる予定だ。
国情院はモニタリング団を派遣し北朝鮮軍の動向をチェックするとするが、韓国紙ではこれとは別途に「尋問団」の派遣も取り沙汰されている。そのミッションは「北朝鮮捕虜の尋問」や「北朝鮮兵士の脱走時に韓国に連れてくる」といったものだという。
北朝鮮兵士を捕虜にした際に使うと見られる文言集。「手を上げろ!」、「ポケットを空けろ」、「腹が減っているか?」、「逃げるな」などの内容が、ウクライナ語と朝鮮語の対訳ならびに発音表で構成されている。26日、ロシア系のテレグラムで流出した。3枚に分かれ質問は60にのぼるが真偽は定かでない。
国情院は29日時点でこの秘密ミッションの存在を認めなかったが、ただウクライナに行って見物してくると思う者はいないだろう。
韓国の切り札はウクライナに対する「殺傷兵器の支援」だ。
韓国のウクライナ支援は現在、二つの形で行われている。まずはウクライナへの「人道的な目的の非殺傷用軍需物資」支援があり、もう一つは米国に砲弾を‘在庫のギャップを埋める形’で送っている。これは砲弾不足に悩まされるウクライナへの間接支援という位置づけだ。
冒頭の尹大統領の「段階的」という発言は今後、ロシアと北朝鮮の軍事的な結びつきの度合いを見ながら、防空システムなどの防御兵兵器、さらには自走砲やミサイルといった攻撃兵器を直接支援する可能性を示唆するものだ。
・北朝鮮への一貫した攻撃的な姿勢
このような尹政権の動きは何も驚くものではない。尹大統領は22年5月の就任以降、一貫して北朝鮮に一歩も譲らない政策を掲げ続け、今春以降は攻撃的な姿勢をより強めているからだ。
韓国の脱北者を中心とする市民団体による北朝鮮へのビラ撒布→北朝鮮による汚物・ゴミ風船が韓国に飛来→韓国から北朝鮮に向けての拡声器放送→北朝鮮から韓国に向けての拡声器放送という「サイクル」は4月から約半年のあいだ稼働し続け、韓国政府にこれを緩める気配はない。
そればかりが今月には北朝鮮当局が「韓国からの無人機が平壌でビラを撒いた」と証拠写真を韓国側に突きつけ、苦しい弁明に終われている。
北朝鮮の国防省が今月18日に発表した平壌市内で見つかったという無人機。同省は「韓国軍部の『ドローン作戦司令部』に装備されている『遠距離撮影用小型ドローン』であり『国軍の日』の記念行事の際に車両に搭載され公開された無人機と同じ機種と判断された」とした。今月5日から7日にかけて使われたとしながらもこの時は「結論はまだ未定」としていた。機体は実際に韓国軍のものと酷似している。朝鮮中央通信より。
こちらは北朝鮮の国防省が27日に明かした「最終調査結果」と共に公開した航跡図。無人機は韓国西北端の島、白翎島(ペクリョンド)を出発し平壌上空で墜落したとした。同無人機は本来ならば再び白翎島に戻ってくるようプログラムされていたという。朝鮮中央通信より。
韓国軍はこうした動きに対し「確認しない」という、いわゆるNCND(neither confirm nor deny、確認も否定もしない)という態度を一貫してとり続けている。
しかしこれは一般的に「やったが認めることが難しい時に取る立場」であるとされ、韓国政府は対応の仕方を間違っているという指摘が元外交官など専門家の間から上がっている。
平壌上空からの3度にわたるビラ撒布に対し、北朝鮮側も黙っていなかった。
今月20日には韓国の大統領室があるソウル・龍山(ヨンサン)に通算28回目となるゴミ風船を飛ばし、その中に初めてビラを忍ばせたのだ。訪韓したポーランド大統領との記念式典を控えビラが飛散し、大統領室は対応に追われた。
北朝鮮の風船が運んできたビラ。大部分は尹錫悦大統領夫妻をけなす内容であった。『TV朝鮮』をキャプチャ。
このように互いの首都に「ビラ攻撃」を行う段階になっている中、尹政権は北朝鮮に「人権問題」を通じ別の角度の圧力をかけ続けている。
今月18日、米ワシントンで韓米日政府による北朝鮮人権会議が行われた。韓米日がこのような形で集まるのは初めてのことだ。
結論にあたる共同声明では「3国は北韓の人権状況の改善が韓半島の恒久的な平和を達成するために重要であるという点を再確認した」とし、国内で厳しい統制を続ける金正恩政権との対決姿勢を明らかにしている。
11月7日からは北朝鮮を対象とするUPR(Universal Periodic Review、普遍的定期審査)がスイス・ジュネーブで始まる。これは4年半に一度、各国の人権状況を国連加盟国が持ち回りでチェックする制度だ。尹政権にとっては「人権侵害国家による侵略戦争への加担」という新たな‘汚名’を北朝鮮にかぶせるまたとない機会となる。
・ロシア派兵もまた「好機」
一連の尹政権の積極性の背景には、保守派に特有の「北朝鮮崩壊論」があるという見方が一般的だ。
17年からの国連経済制裁、20年からの新型コロナがもたらした経済難に加え、韓流文化の広がりにより若者世代を中心に金正恩政権の「グリップ力」が弱まっているというのが崩壊論の根拠だ。
脱北者や亡命外交官の証言がそれを後押しする。今回のロシア派兵も金正恩氏の「やむにやまれぬ賭け」であると見る視点が保守陣営では支配的だ。
ウクライナ軍が18日に公開した、装備を受け取る北朝鮮兵士たちの姿。韓国の国情院では派兵された兵士の年齢を10代後半から20代としている。同動画をキャプチャ。
こうして見る場合、尹政権にとって北朝鮮のロシア派兵は「自由主義陣営や国際平和の守護」といった建前の他に、北朝鮮の弱体化を進めるまたとない機会と受け止められていると見るべきだろう。
政権のブレーンに「統一は民族の問題ではなく体制の問題だ」(金暎浩キム・ヨンホ現統一部長官)と金正恩世襲政権を一切認めようとしない人士が多い点も見逃せない。
尹政権の真の狙いは金正恩政権の「ほころび」であるロシア派兵を逆手にとり、全方面で北朝鮮に圧力をかけることにある。これは大部分でウクライナ政府とwin-winになることも好都合だ。
韓国政府はすでに軍事境界線上の数十の拡声器を通じ、ロシア派兵の一報を北朝鮮側に流し続けている。韓国政府は今後、派兵された兵士や北朝鮮内部に対し、金正恩氏にとって不利な情報を流し続ける情報戦・心理戦を強めていくのは自明だ。
金正恩氏は二つの戦線を同時に抱え込むことになったと言っても過言ではないだろう。一方、平壌の無人機騒動により南北の緊張は最高潮となっており、米大統領選がある11月5日まで小競り合いの危機がある。
(2)韓国政界は真っ二つに
・一歩引く野党
「なぜ大韓民国の公式機関が他国の戦争捕虜の尋問に参加するのか」
28日、最大野党・共に民主党の李在明(イ・ジェミョン)代表は党内の会議でこう述べた。前述したような、国情院がウクライナ・ロシア戦線で捕虜となる北朝鮮兵士を尋問するための人員を派遣するという報道を受けてのものだ。