【デイリー・コリア・フォーカス】26年5月14日号

皆さま、アンニョンハセヨ。
5月14日、木曜日です。今日はソウルや金浦では最高気温が30度まで上がりました。それでも夏!という感じではないのが、5月といったところですね。遅くなりましたが「デイリー・コリア・フォーカス」をお送りいたします。
今日の目次は以下の通りです。
1. まるで共産主義?「AI超過税収」めぐる韓国高官の発言が波紋…変わらぬ韓国政治
2. 今日の時事韓国語「공산주의」
1. まるで共産主義?「AI超過税収」めぐる韓国高官の発言が波紋…変わらぬ韓国政治
韓国青瓦台(大統領府)には、大統領を至近で支え、各種政策を作り実施する際の核となる「三室長」がいます。大統領秘書室長、政策室長、国家安保室長がそれにあたります。
大統領秘書室長は主に政務や広報、人事などひろく政権の管理を行い、政策室長は経済・社会・AI(人工知能)政策を、国家安保室長は安保・外交・経済安保政策を担当します。
韓国では今、こんな三室長のひとり、金容範(キム・ヨンボム)政策室長の主張が大きな話題となっています。5月11日晩に自身のFacebookに書きこんだ『次元の異なる国:AI時代の韓国の長期戦略』という文章がそれです。

金容範政策室長が11日晩に投稿した文章。同氏のFacebookをキャプチャ。
やや長いのですが、整理してみます。
金容範室長はまず、AI時代を迎える現在の韓国について「産業構造と国家構造が同時に再編される過程ではないか」と、問題意識を提示します。
さらに、みずから「破格の仮説」とするこんな考えの根拠として「AIは単純なソフトウェア産業ではなく、新たな産業インフラであり、そのインフラ転換の中心に韓国がいる」点を掲げます。
どういうことでしょうか。
金室長はAIについて「単純なアプリを作る技術ではなく、データセンター、電力網、冷却、変圧器、ロボット、産業自動化、都市インフラまで結びつく、巨大な物理システム」であるとします。
そしてこんなAIインフラは、常に更新され集約される必要性から、継続して需要を生み出すとします。スマホのように市場に限界がある構造ではないというのです。
その上で、AI時代を迎える各国の状況を、次のように診断します。
「米国は設計とプラットフォームの面で圧倒的だが、製造の基盤が制限的だ。中国は大規模な製造の力量を保有しているが、地政学的な信頼の問題に直面している。日本は素材と装備に強く、ドイツは機械と化学に強い。台湾は世界最高水準のファウンドリ(半導体生産)の力量がある」
一方で韓国を、これらの国家と差別化される存在と位置づけます。
「メモリー半導体、バッテリー、ディスプレイ、精密製造、電力装備、産業の自動化までつながる供給網を保有した稀な国家である」と自己診断します。
さらに「フルスタック(Full-stack、はじまりから終わりまで)の製造力量を持つ」と評し、他国よりもいい状況にあるというのです。AIインフラが世界的に拡散するほど、韓国にとって利益になる構造があるということです。
これにより韓国は今後、「AI時代の中ではじめて、持続的な超過利潤を生産する国家に近づける」とし、「循環型の輸出経済から、技術独占的な性格が強い経済構造へと移動できる」可能性が開けているとしたのでした。
循環型の輸出経済というのは、輸出が好調になると成長率が上がり、グローバル景気が鈍化するとそれが下がるというものです。韓国の製造業は、深まる競争や中国の追撃などの負担を抱えてきました。
しかしAIインフラ産業は、高い参入技術障壁、ごく少数の企業が中心になる構造、国家安保と関連する供給網、持続的な更新の需要という性質を兼ね備えている点から、明確に異なるという視点です。
経済構造の移動が実現する場合、韓国の貿易黒字は増え、ウォン高となり、安定的な成長が見込まれます。中長期的には、一人当たりGNI(国民総所得)もOECD(経済協力開発機構)の上位圏にまで接近できると、金室長は「バラ色の未来」を予想しました。
AI時代は韓国にとって、大きなチャンスであるということです。実際に韓国のサムスン電子やSKハイニックスといった半導体企業は、2026年に合計で40兆円以上の営業利益を上げるとみられています。

金容範(キム・ヨンボム)政策室長。短気な面もあります。政府広報テレビKTVよりキャプチャ。
ここからが本論です。
金容範室長は、「AI時代に韓国が豊かになっても、その産業の属性上、超過利潤は一部に集中する」と見立てます。
具体的には、メモリー企業の株主や、エンジニア、首都圏に住む資産保有者などは大きな恩恵を受けるものの、そうでない階層の人々への恩恵は間接的なものに限られるというのです。
さらに、「韓国はこれまでも成長してきたが、その果実を社会的に拡散する点には弱かった」とし、「AI時代の核心的な質問は、単純な成長率でなく、超過利潤をいかに社会的に安定化させるのかにかかっている」と問題を設定しました。
そしてその答えを出す前に、「AI時代に人間が新たな生み出す方式はどんなものか、国家がその転換費用をどのように支援するのか」というさらなる問いを立てます。なかなか興味深いところです。
この点についての答えは、「起業と文化」でした。
AIの生産性に基づく「起業」を政府が促し、文化(カルチャー)をAI時代の余暇としてではなく、分配政策かつ戦略産業と位置づけることにあるとしました。「AI時代に人間らしい生活の密度を設計することが、国家の競争力になる」という視点です。
そしてこれらを実現するために、移民、とくにAI・半導体・ロボティクス(ロボット工学)分野の人材を集め、韓国をアジアの人材のハブとすべきと説きました。
さらに、介護を供給する人材を単純労働ではなく、「定住が可能な構造で設計しなければならない」としました。
この上で、元々の質問(超過利潤をいかに社会的に安定化させるのか)の答えとして、AI時代にあった形での「超過税収」の使い道である『国民配当金(仮称)』を提案します。
なお、先ほどは「超過利潤」、ここでは「超過税収」と単語が異なります。さらに「超過利益」という言葉も出てきます。
後にこの単語の違いが大きな騒ぎを呼ぶことになるのですが、ここでは一旦話を先に進めましょう。
金室長は前述したような、AI時代に富が偏り社会内部の格差が広がることを想起させながら、「超過利益の一部を現世代の社会の安全性と、(社会)転換費用の緩和に対し使うことはやはり、単なる分配ではなく、体制維持費用の性格を帯びる」と議論の枠組みを示します。
逆に言うと、AIによる莫大な利益を野放しにする場合、社会は不安定化するということでしょう。『国民配当金』はこれを防ぐシステムとして位置づけられます。それを支える原則や背景について、金室長は以下のように説明しています。
「AIインフラ時代の果実は、特定の企業だけの(努力の)結果ではない。半世紀にかけて、すべての国民が共に積み重ねてきた産業の基盤の上になる。それならば、その果実の一部は全国民に構造的に還元されなければならない」
国家のインフラと歴史の上に、AI時代の利益があるという理解です。

政策室長に就任する直前、25年5月の金容範氏。同氏Facebookより引用。
『国民配当金』の具体的な用途については、青年向けの起業プログラム、農村・漁村へのベーシックインカム、芸術家支援、老齢年金の強化、AI時代への転換についての教育などを挙げながらも、結論をオープンにし、あくまで「議論を通じた社会的合意の必要性」を訴えるにとどまりました。
その過程で繰り返し、前述したような原則を強調しました。原則のないまま、個別のプログラムについて議論することは意味がないというのです。
その上で、韓国の置かれた現状をこう表現して文章を閉じています。
いま、韓国の前には稀な歴史的な可能性が開かれている。AIインフラを供給する国を超えて、AI時代の超過利潤を人間の生活に還元する、はじめての国家となる可能性だ。
その可能性は自動的に実現しない。今からの選択が韓国をふたたび平凡な循環型の輸出経済に戻すかもしれないし、完全に新しい形態の産業国家として押し上げるかもしれない。
見てきたような金容範政策室長による一連の文章(提案)は、韓国の社会・経済・AI政策を一手にデザインする人物の悩みとビジョンが、一体どこにあるのかを伺い知ることができる、非常に興味深いものでした。
米国の大学で経済学博士号を取得し、世界銀行でも勤務、文在寅政権下で企画財政部第一次官を務めた金容範氏は、韓国トップクラスの政策立案家として知られる人物です。
連日過去最高を更新する株価指数に浮かれることなく、未来を考えていることが分かり、ホッとした部分がありました。
ですがこれは、政府・与党批判の格好の材料となってしまったのです。
保守紙の筆頭「朝鮮日報」は13日に社説『大統領に続いて政策室長の破格の経済理論、KOSPIを揺るがす』を掲載しました。
実は12日に、KOSPI(韓国総合株価指数)が大台の8000を目前にした7999ポイントから、一時7400ポイントまで下落しました。米ブルームバーグ紙はこの理由を、金容範室長の発言に求める記事を書いています。朝鮮日報は同じ立場から金室長を批判しました
そして超過税収となる法人税ではなく、「超過利潤」を政府が持っていくことを許す法律はないと指摘しました。これは政策ではなく暴力に近いとし、金室長の主張を「荒唐無稽な経済理論」と切り捨てました。
同様の指摘は「東亜日報」など他の保守紙に加え、保守陣営の最大野党・国民の力により次々に行われました。
同党の張東赫(チャン・ドンヒョク)代表は12日午後、自身のFacebookに「ついに共産党が正体を現した」とし、「私が努力して稼いだお金を政府が持って行き分け与えるのならば、それこそが共産主義の配給経済だ」と指摘しました。
さらに北韓(朝鮮民主主義人民共和国)を例に挙げ、「李在明は韓国の体制を変えようとしている」と畳みかけました。同党の他の議員は金室長の主張を「社会主義」と批判しました。
また、やはり同党の宋彦錫(ソン・オンソク)院内代表(国対委員長に相当)も12日午後にFacebookを通じ、金室長の主張について「反市場的なメッセージである」と強く批判し、李大統領に対し金室長の更迭を要求しました。

国民の力の張東赫代表。5月8日、筆者撮影。
実は金容範政策室長の書き込みの本旨は「超過利潤」ではなく、「超過税収」の活用方法にありました。
ですが、私が実際に引用したように、Facebookの文章では「超過利潤」、「超過利益」、「超過税収」と三つの単語が出てきており、文章を読むだけでは正確には分からないのも事実です。
こうした混乱を受け、金容範室長は12日に「超過税収を指していた」と説明しています。
さらに、李在明大統領は13日昼に、自身のXに『世論を造作(ねつ造)するためのフェイクニュースはいけません』というタイトルの一文を書き込みました。
ここでもやはり、金室長の主張は「超過税収を国民向けに配当する方案を検討したもの」と強調し、意図的に「超過利益」と切り取るやり方を「陰口型のフェイクニュース」と断じました。
なお、青瓦台は一貫して、このような政策を検討したことがないと表明しています。あくまで金容範室長個人の考えであるということです。

金容範室長を擁護し、「ベネズエラが思い浮かぶ」という見出しをつけたメディアを批判する李在明大統領の書き込み。同氏Xをキャプチャ。
12日に始まったこの騒ぎは、今日まで続いています。
既にお伝えしているように、6月3日には地方統一選が控えています。当初から一貫して優勢が伝えられていた与党・共に民主党ですが、最近になって、最大野党・国民の力との差が詰まってきたという報道が増えています。
陣営間対立が激しい韓国では、選挙前になると双方の陣営が結集します。尹錫悦前大統領を擁護するかのような張東赫代表の態度により、いったんは国民の力の支持をやめた有権者が戻ってきているのです。
そうした中、野党は「この機を逃してはならない」と言わんばかりに、与党と政府攻撃に熱を上げている形です。
しかし韓国メディアは一部の保守紙を除き、比較的冷静な論調です。
金容範室長に対しては「個人の主張とはいえ、重職にある者として発表の仕方が軽率だった」と指摘する一方、その主張の趣旨については専門家たちの発現を引用する形で「必要な議論である」と評価しています。
まさにその通りなのですが、おそらく国民の力は残る選挙期間じゅう、「李在明政府は共産主義」というネガティブキャンペーンを続けるでしょう。
時代錯誤のこんな姿勢には、ほとほとうんざりです。
潰えた改憲もそうでしたが、韓国政治には今、社会的合意を作る機能が全くありません。その責任をすべて国民の力にかぶせてはいけないのでしょうが…。
2. 今日の時事韓国語「공산주의」
「コンサンジュウィ」と読みます。漢字では「共産主義」です。
米ソによる分断と朝鮮戦争を経た韓国では、共産主義者(いわゆるパルゲンイ。アカ)とレッテルを貼られることは、時に死を意味しました。
逆に言うと、相手に対し共産主義者と批判することは、社会から排除しようとする試みに他なりません。
そもそも、こんなにも市場経済どっぷりの李在明政府が共産主義な訳がありません。
理知的な視線と理知的な批判を常に忘れないようにしたいものです。
今日はここまでです。
今回の話は日経の短い記事以外では、どの日本メディアも触れていないので、詳しく書いてみました。
リニューアルを目指す「コリア・フォーカス」が掲げる三つの報道テーマの内の一つが、「AI政策」です。
金容範政策室長の主張は、韓国のAI政策における一つの方向性(派生型であり、理想の未来の上での話ですが)が垣間見えた点で、画期的なものでした。
一般的に超過税収は、補正予算の編成や国の借金返済に使われるそうです。それを乗り越える意味でも、今回の指摘は価値があったと評価されます。未来に向けて税金を使うというビジョンをもって、これからも検討を続けて欲しいものです。
それではまた明日。
今日もありがとうございます。
アンニョンヒケセヨ。(徐台教)
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