衝突間近?南北朝鮮のチキンゲームは尹錫悦大統領が引くべき
尹錫悦大統領(左)と金正恩委員長。
●高まり続ける南北のボルテージ
「壊滅という単語の意味を調べ、我々が壊滅を公言する場合にどんな選択をするのか予測してみた方がよい」(13日、北朝鮮国防省)
「北韓がわが国民の安全に危害を加える場合、その日がすなわち北韓政権の終末になることを明確に警告する」(13日、韓国国防部)
朝鮮半島が一触即発の危機を迎えている。
こう書くと「またか」と乾いた笑いを浮かべる方がほとんどかもしれない。韓国でもそうだ。口だけの喧嘩で、実際に銃弾や砲弾が飛び交う事態にはならないだろうと高をくくる向きが少なくない。
しかし私はそうは思わない。衝突の可能性は日増しにその濃度を増している。
南北間には既に拡声器放送、ビラの応酬、ゴミ風船を送り込むといった物理的な行為が行われて久しい点を見逃してはならない。
これらは過去の南北関係においては「武力使用をギリギリで我慢しながら相手にダメージを与える手段」として扱われていたものだ。
今回の緊張の高まりは“平時の最終手段”と位置づけられるこんな応酬が「常態化」する中で起きている点で、特に注意が必要だ。
また韓国は「核使用の企図」、北朝鮮は「体制の転覆」との前提を付けていた先制攻撃を含む武力使用のハードルが、「国民の安全に危害」(韓国国防部)、「無人機が再び共和国領空を侵犯」(金与正)と大幅に下がった点も見逃せない。
今のままなら南北どちらかが少し動くだけで局地戦が始まってしまうことになる。
●発端は今春の「ビラ」
・ビラと拡声器の応酬
今年の春までさかのぼり、もう少し具体的に南北のやり取りを見ていきたい。
朝鮮半島は春になると冬の間に盛んだった偏西風が弱まり、南風(南から北に吹く風)が吹くようになる。この風に乗せて韓国の民間団体、より正確には脱北者が主軸となる団体は、北朝鮮に向けて風船を飛ばす。
農業用ビニールに水素を詰めた風船の下部には金正恩体制を批判するビラや、場合によってはドル紙幣、メモリーカード、食べ物や医薬品などがくくりつけられている。
風船は北側にたどり着いた後に順次落下し、物資がばら撒かれる形だ。なお、団体ごとにノウハウの差はあれど、風に行き先を左右される風船の落下場所を指定することはできない。どこに落ちるかは運だ。
韓国の市民団体が北朝鮮に向け飛ばす風船。保安のため写真には写っていないが下部にはビラがくくりつけられている。5キロ程度までなら飛ばせる。今春、筆者撮影。
4月になっていくつもの団体がビラを飛ばす中で、北朝鮮は同じ方法で報復に出る。ちなみに北朝鮮が体制批判ビラを嫌うというのはもはや常識である。
北朝鮮からの風船がはじめて見つかったのは5月28日のことだ。
ラテックス製の風船にやはり水素を詰め韓国に人糞やゴミを送り込んだ。以来この「汚物風船」は直近の今月12日まで28度にわたり韓国で観測されている。
なお、汚物が含まれていたのは初期だけで、今では紙やペットボトルなどのゴミしか入っていないため「ゴミ風船」と呼ばれる。「情けない」と内部で批判の声が上がったのかは定かでない。
北朝鮮から送られたゴミ風船。ソウル都心でも多数見付かっている。今年6月、韓国国防部提供。
こんな北側からの報復に対し、韓国側も報復を躊躇していない。
今年6月に入り、南北軍事境界線沿いでの拡声器放送を6年ぶりに再開したのだった。K-POPから金正恩体制の問題、国際ニュースや天気予報までを毎日10数時間にわたり可聴距離20~40キロという強力スピーカーで送り込む。
これを担当しているのは韓国軍の心理戦部隊だ。このことから、拡声器放送は準軍事的行為と位置づけることができよう。
そして韓国からのスピーカーによる音声を相殺するために北側もスピーカー放送を行っている。
スピーカーの性能が劣るため雑音を出すにとどまるのだが、接境地帯(韓国は北朝鮮を国と認めていないため国境という単語を使わない)に住む韓国市民はこの音を「幽霊の声のよう」と嫌がっているとの報道が出ている。
・エスカレートの背景
数か月続いたこんな様相は、最近になって大きく変わった。
きっかけは北朝鮮外務省が今月11日に「重大声明」を通じ「大韓民国が平壌(ピョンヤン)に無人機を浸透させる厳重な政治軍事的な挑発行為を敢行した」と明かしたことによる。