北朝鮮からの「汚物風船」が示す二つの‘限界性’
長い対立が続く南北関係に新たな火種が加わった。朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)から風船と共に韓国に届いたゴミは、韓国側のさらなる報復を招くことで朝鮮半島の緊張を高める要因となる可能性がある。一方で今回の北朝鮮の特異な行動に異変を感じる向きもある。騒動の本質を探った。
北朝鮮からの風船が発見された地域。北部に集中しているが中部や南部にまで届いているものもあった。韓国MBNより引用。
◎北朝鮮による「報復」
5月28日晩、韓国各地で騒動が起きた。北朝鮮から飛来したと見られる風船が各地で発見されたためだ。一部の地域では携帯電話に政府から空襲に注意するよう呼びかけるメッセージが届くなど、ちょっとしたパニックにもなった。
明くる29日になってようやく全貌が明らかになってきた。29日午後までに約260個の風船が確認された。
あちこちにぶちまけられた中身は、ペットボトルやビニールの包装紙、ちり紙にちぎれた布製品のくず、タバコの吸い殻などというゴミに加え、強い匂いを放つ肥やしなどだった。いわゆる宣伝用のビラは見つかっていない。
ソウル市内で発見された中身。洗濯石鹸の包装紙だ。周囲にはちり紙のようなものも。韓国国防部提供。
なぜ北朝鮮からの物と分かったのか。理由はいくつもある。
北側から大量に飛来した点、中身に明らかに韓国国内では見られない北側ラベルの製品が入っていた点、そして北朝鮮があらかじめ予告していた点などが挙げられる。
25日、北朝鮮国防部の副相は米韓の空中偵察機に対する警戒を表明すると共に、韓国からの飛来物に対する強い反応を示す談話を朝鮮中央通信に発表した。
特に「国境地域でビラと各種の汚らしい物を撒布(さっぷ、散布と同義)する韓国の卑劣な心理謀略策動が甚だしい」と具体的にその被害を取り上げ、報復するとの意志を明らかにしたのだった。
さらに韓国がビラを発見した翌日の29日には、金正恩氏の妹、金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党中央委員会副部長が談話を朝鮮中央通信に発表した。
この中で金与正氏は撒布の事実を認めると共に、韓国からたくさん届く「汚らしい物」への報復であることを明確にした。
また、韓国が北朝鮮の行為を「国際法の違反」と非難したことに対する不満を明かし、今回の行為も韓国側団体と同じように「表現の自由」であると主張したのだった。
風船はラテックス製だ。過去に何度も北朝鮮にビラを飛ばしたことのある活動家は「ラテックス風船は高価なため、われわれ民間団体では手が出ないものだ」と笑った。韓国国防部提供。
ここで「表現の自由」という単語が登場する背景はやや複雑だ。
昨年9月、韓国の憲法裁判所は『南北関係発展に関する法律』の二箇所に違憲判決を下した。
一つは、接境地域(南北軍事境界線付近)でのビラの撒布を禁じる項目で、もう一つはこれを違反する場合に3年以下の懲役または3000万ウォン(約345万円)の罰金に処すという項目だった。
判決を受け、いずれも項目も即時無効となった。この時、前者の判決を下す根拠として「表現の自由を過度に制限している」という論理が援用されたのだった。
金与正氏の談話は、自身たちの行為もまた「表現の自由」の範疇であるとする正当化に他ならない。