【デイリー・コリア・フォーカス】26年7月6日号

皆さま、アンニョンハセヨ。
今日は7月6日、月曜日です。週末はインターネットを少し離れて過ごしていました。
韓国のニュースを見ていると、すべてが「陣営対立」もしくは「陣営対立の結果」に収斂されるような構造になっており、うんざりする事があります。
もう15年以上、毎日ニュースを読み込んでいるからかもしれませんが、ネット上で交わされる人々の意見も煮詰まっているように思えます。振り返って見ると、数年に一度、このような時期が訪れるようです。読書や旅行、映画などを通じ、しばし視点をリセットする必要がありそうです。
という訳で、今日の目次です。
1. 虐殺の加害者は何を思うか、韓国の社会学者が新刊で説明
2. 「非核化は幻想だ」元北朝鮮外交官がコラムで明かす
3. 今日の時事韓国語「강제수용」
1. 虐殺の加害者は何を思うか、韓国の社会学者が新刊で説明
週末に、YouTubeで無料公開されている『ゆきゆきて、神軍』(原一男監督)を観ました。
奥崎謙三という人物が、過去に自身が所属していた部隊で起きた戦争犯罪について、その当時者たちにいかに迫って行くのかを追ったドキュメンタリーです。
傑作と名高い作品であるため、ご覧になった方は多いかもしれません。私はしっかり観たのは初めてでしてたが、評判にたがわぬ作品でした。
作中、奥崎氏が訪ねる元兵士たちは、なかなか真相を語りません。自身が加害者もしくは、犯罪に加担した可能性があるからです。死者の名誉を守るという建て前で、証言を拒否する者もいました。
これを観ながら、私は朝鮮戦争をはじめ、1945年以降の韓国現代史の中で起きた、国家暴力による様々な被害を思い起こしていました。
韓国では2005年に発足した「真実・若いのための過去事整理委員会(真実和解委員会)」が中心となり、ひとつひとつ、その実情が明かされています。
なお、第1期(2005年〜10年)、第2期(2020年〜2025年)を経て、現在は第3期の委員会が今年6月からスタートしています。
この調査の過程では、被害者当人もしくは遺族、目撃者、関係者の証言に加え、加害者についても聞き取りが行われます。結果は分厚い報告書にまとめられる他、主要な事件はニュース番組として放映されたりします。
私も拙著『分断八〇年』の執筆に必要だったため、少なくない資料を読みました。しかし私が接した記録は被害者側のものが多く、加害者の心境について、もう少し知りたいという思いを抱いていました。
そんな中、この部分に特化した本がつい最近、韓国で出たことを知りました。7月3日付けの「ハンギョレ」に書評が掲載されていました。
『モザイク』というタイトルで、6月30日に発刊されています。著者のハン・ソンフンさんは、過去に真実和解委員会で調査官として勤務した経験を持つ学者で、朝鮮や分断、虐殺に関する著書がある専門家です。

『モザイク』の表紙。
書評では、「国家暴力と集団虐殺を扱った研究は多い。長い時間、息を殺して生きてきた被害者と遺族たちの証言も、遅ればせながら蓄積されている。しかし、大量虐殺の加担者たちの真実の告白と公開の証言はとても珍しい」としています。
また本書では、「加害者の具体的な行為、その行為から感じた感情と身体の反応、そしてそれが道徳的な判断としてつながる過程が、繊細に描写されている」そうです。
「朝鮮戦争と前後する民間人の虐殺と、済州4·3、麗順(ヨスン)事件はもちろん、ナチスドイツ、カンボジアのクメール・ルージュ、南アフリカ共和国の白人秘密警察、インドネシア軍部政権、日本軍の戦犯による事例まで、幅広く扱い、加害者たちの心理を検視した」ともあります。
すごい内容だなと思い、ページ数をみたら644ページでした。かなりの力作のようです。がぜん、読んでみたくなります。
書評によると、著者は「嫌悪」に注目しているとのこと。この「嫌悪」という言葉は、韓国語と日本語でややニュアンスが異なります。「ヘイトスピーチ」が「嫌悪表現」と訳されることから、日本語の「憎悪」に置き換えてみてもよいでしょう。
書評者によると、この「嫌悪(憎悪)」の役割と道徳的な価値について、最近の学術界では肯定論と否定論があるそうです。
偏見と排除を生む危険な感情である一方(否定論)、嫌悪が人間において、どのような行為を容認すべきでないかを判断する道徳感覚に影響する(肯定論)という視点です。著者は後者の立場から、加害者の感情を理解しようと試みているそうです。
著者はさらに「分節化」という感情の動きに注目しているとのこと。これは虐殺に加担したものが、一方でいかに家族などと平穏な暮らしを送るのか、そのメカニズムを解き明かすヒントとなります。
これは「命令に従っただけ」という一般的な弁明(?)よりもさらに進んだもので、心の中を文字通り区画化するもので、国家とイデオロギーがこれを正当化するものとして機能するそう。人格を分節化することで、残忍な行為に手を染めることができるそうです。
もう一つ、加害者が虐殺を行うためには、対象を「非人間化」する必要があり、本書ではこれがいかに行われるのかも分析しているそうです。
書評者は「本書で触れる加害者の叙事と陳述、虐殺現場の詳細な記録は、苦痛であり不快である。加害者を理解するという言葉も、時たま、被害者の苦痛を希釈するものとして誤解される」としています。
これに対し、著者は「加害者の悪行を理解するとき、私たちはそれを警戒でき、加担する可能性を減らし、未然に防止する準備を行うことができる」と、その必要性を書籍を通じ強調しているようです。
容易な本ではなさそうですが、一度手にとって見る必要がありそうです。ハンギョレの該当記事はこちら。日本語にはなっていないようです。
2. 「非核化は幻想だ」元北朝鮮外交官がコラムで明かす
李日奎(リ・イルギュ)という人物がいます。
朝鮮民主主義人民共和国の元外交官で、キューバの朝鮮大使館で政務参事として勤務していた2023年11月にキューバを脱出し、その後、韓国入りした人物です。日本で『私が見た金正恩ー北朝鮮亡命外交官の手記』という著書も出しています。
その李さんは保守紙「朝鮮日報」に毎月コラムを連載しています。毎回、なかなか読ませる内容ですが、今日6日付の新聞に掲載されたものを紹介します。ちなみに、朝鮮の女子サッカーチームについて書いた、先月のコラムもニュースレター(6月4日)に引用しました。
『‘核保有国として認めろ’と要求する北韓、非核化は幻想だ』というタイトルです。
タイトルはいわゆる「出オチ」というものです。結論から言うと、朝鮮にとって非核化を交渉の道具としてきた時代は終わったという見解です。
李さんは自身の30年近い外交官生活を振り返りながら、非核化交渉の歴史を振り返ります。
金正日総書記が同国はじめての核実験を行った2006年10月9日。当時、外務省の第1副相であった姜錫柱(カン・ソクチュ、1939〜2016)は以下のような金正日の言葉を伝えたという。
「今回の核実験の成功により、共和国が世紀の念願を実現した。本当に苦しみながら大きな山を越えた。その大きな山は、米国でも日本でもない、中国だ。これ以上、中国が私たちを弱小国としてぞんざいに扱えなくなった」
これについて李さんは、「外部からは対米抑止手段と見られる場合が多いが、北韓の指導部にとって核は、中国への依存から抜け出そうとする自主性の象徴であった」と解説します。
李さんは当時の朝鮮国内の雰囲気について「熱かった。外交官も自負心を覚えていた」と述懐しています。一方、国際社会からの非難が殺到する中、住民たちに対しては「民族史的な大事変」という宣伝だけを伝えたそうです。
ですがその後、朝鮮が核実験を重ねるにつれ、過去の熱狂は薄れていったとします。国際社会の制裁により、貿易機関は取引先を失うようになり、住民達は市場で物価を上がるのを実感したというのです。
「食べるのにも困るのに、また核実験を行う」という不満が持ち上がり、「核は体制を守ってくれるかもしれないが、生活を改善してはくれない」という認識が広がったと説明します。
李さんは金正恩氏の父・金正日氏の時代には、核を交渉のカードとして使おうとする試みがあったと言及しています。「核開発が完成するまで時間を稼ぐ意図がもっとも大きかったものの、体制の安全保障を前提に、経済的な利益を得る目的も多分にあった」といいます。
交渉は金正恩の時代にも続きましたが、19年の米朝首脳会談の決裂後、22年9月になって、朝鮮は「核武力政策法」を採択します。いわゆる「核ドクトリンの改定」と呼ばれる出来事で、核の先制発射もあり得る内容に変わりました。
李さんはその後、23年10月の憲法改正時に核保有を法制化したことで、「核を交渉手段として活用した戦略は歴史の中に消え去り、核保有国としての地位を公式化することを試みている」と結論づけています。「交渉の目的が非核化であるという期待は、虚像となっている」とも述べています。
それではどうすればよいのでしょうか。
李さんは「韓半島の非核化のための努力は、いかなる時よりも重要だ」としながら、韓米同盟強化や、韓米日の共助、欧州やNATOとの協力といった外交的な対応を強調しながらも、「過去と同じアプローチでは、ふたたび時間だけを浪費するだろう」と警告しています。
金正恩氏は昨年以来、何度も非核化はないと強調しています。李日奎さんの見立てのように、「非核化が交渉のテーブルに乗る時代は終わった」のでしょう。これに伴い、韓国では長い視点でのアプローチが必要であるという声が、あちこちから聞こえてきます。
なお、以前撮影した李日奎さんの写真を探したのですが、見つかりませんでした。
3. 今日の時事韓国語「강제수용」
「カンジェスヨン」と読みます。漢字では「強制収用」です。
辞書的な意味としては、国家が公共の目的のために、個人の財産を法に則り強制的に取得することを指します。金銭と引き換えに、強制的に立ち退きを迫ることです。
今日6日午前、青瓦台(大統領府)で「メガプロジェクト民官合同点検会議」が開かれました。何度か取り上げた半導体、AIデータセンター、フィジカルAIへの百兆円規模の投資を行う、「3大メガプロジェクト」の進捗を確認する会議です。
政府の関連機関と、サムスン電子、SKハイニックス代表などが参加し行われた会議は、冒頭の李在明大統領のスピーチ部分だけが公開されました。

「メガプロジェクト民官合同点検会議」の様子。青瓦台提供。
私も運転しながら聞いていたのですが、なりふり構わず推進するという、李大統領の前のめりな姿勢が目立つ内容でした。
そこに「強制収用」という言葉が出てきたのです。投資先となる必要な土地を取得する際、従来の「協議→強制収用」ではなく、協議と強制収用を同時に行うように指示したのです。
これをどうやるのかは具体的に分かりませんが、ブルドーザーのような政府の姿勢が表れたふと言でした。李大統領は「政府はできることの最大値を行う」とぶち上げました。果たして、思い通りに行くでしょうか…。
今日はここまでです。出先なのですが、PCのバッテリーがもうありません。
クラウドファンディングもくれぐれもよろしくお願いいたします。朝鮮半島問題に全力を費やすべきと、覚悟を新たにしています。
それではまた明日お送りいたします。アンニョンヒケセヨ。(徐台教)
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