[25号]「政治の素人」が再び与党トップに、未だ終わらない「梨泰院惨事」、ドキュメンタリーで見る韓国の超低出生率など全9トピック

韓国社会・韓国政治を扱う今号では、低出産を扱う大型ドキュメンタリー番組の連載第一弾をはじめ、韓国総選挙における与党の大博打人事、未だ解決に遠い梨泰院惨事に関する記事などをお送りします。
徐台教(ソ・テギョ) 2023.12.21
サポートメンバー限定

(12月21日)サポートメンバーの皆さん、アンニョンハセヨ。

 ニュースレター第25号をお届けいたします。ここ最近、発行が遅れていますが、週2回の発信は守っていきますのでご安心ください。年明けからは新たな企画と共に正常化させていきます。

 今号の目次は以下の通りです。

  • 韓国社会(1):老人貧困率「も」OECD加盟国中で最高に

  • 韓国社会(2):未だ終わらない「梨泰院惨事」…特別法の制定求め遺族が「五体投地」

  • [連載] 10部作ドキュメンタリーで見る韓国の超低出産 (1)0.78以降の世界

  • 韓国政治(1):与党を再度「政治の素人」が救うのか?韓東勲氏が非常対策委員長に就任へ

  • 韓国政治(2):勢力を増す新党『新しい選択』

  • ショートニュース:(1)「同性愛カップルにも祝福」ローマ教皇庁の決定に韓国カトリックは「慎重」、(2)共に民主党の宋永吉前代表が逮捕、(3)2024年への暗い展望?世論調査で判明、(4)強制動員被害者が日本製鉄と三菱重工業を訴えていた裁判で、原告勝訴が確定

  • あとがきに代えて:徐京植さん亡くなる

***

◎韓国社会:老人貧困率「も」OECD加盟国中で最高に

 韓国では経済協力開発機構(OECD)の指標を通じ、自国の水準を他の先進国と比べて評価することが定着しています。韓国が劣るものが多いのですが、自国を客観的に眺める良い習慣だと思います。

 19日、OECDが公開した報告書『Pension at a glance 2023(一目で見る年金2023)』によると、2020年の韓国の66歳以上の老人人口における所得貧困率は40.4%で、世界ワーストとなりました。所得貧困率とは「中位世帯の可処分所得の50%以下」である所得層の比率を指します。

 『中央日報』によると、OECDの平均は14.2%で、40%を超えたのは韓国だけでした。ワースト2位はエストニア(34.6%)、同3位のラトビア(32.2%)でした。なお日本は20.2%、米国は22.8%でした。

 また『聯合ニュース』によるとアイスランド(3.1%)、ノルウェー(3.8%)、デンマーク(4.3%)などで低かったとのことです。

 韓国の統計に戻ると、男性34.0%に比べ女性の所得貧困率が45.3%と明らかに高い数値となりました。OECDでは「女性の老人は年金給与が少なく、期待寿命が長いため男性老人よりも貧困率が高い」としているそうです。OECD平均では男性11.1%、女性16.5%とのことです。

 韓国ではさらに高齢層になるほど所得貧困率が悪化しています。66歳~75歳の間では31.4%である反面、76歳以上では52.0%と半数を超えています。

 また、老人層の間での所得格差も高い数値となっています。韓国の66歳以上の可処分所得のジニ係数は0.376で高い数値となっており、また、韓国全体の0.331よりも高いため老人層でより所得格差が高い結果となりました。

 こんな韓国の老人貧困率の高さの背景には、年金制度が関連しています。

 『ハンギョレ』の2年前の特集記事によると、1988年に同制度をはじめて導入する際に「積立方式」が採用されたことで、当時の老人層や中高齢層(50歳以上)が年金をもらえなくなったとのことです。

 完全に年金を貰うには20年以上を積み立てなければならないのですが、それができないため、年金が足りずに貧困層となってしまったのです。

 これを証明するように、88年当時に中高齢層(50歳以上)だった層が老人人口になった2000年代になって老人貧困率が20%を超え、その後も高まり続けています。記事では当時、年金をすぐに支給する「賦課方式」を導入すべきだったとと説いています。

 政府は現在、毎月一定額を国が振り込む「基礎年金」といった公的年金の支出を拡大しており、少しずつ老人貧困率が下がっていましたが、尹政権になりふたたび上昇した形です。政府が対策を急ぐ必要があります。

 それにしても出生率に加え、老人貧困率も世界ワースト。韓国社会には解決すべき問題が山積みです。

***

韓国社会(2):未だ終わらない「梨泰院惨事」…特別法の制定求め遺族が「五体投地」

 韓国の首都圏では18日から19日にかけて雪が降り、数センチ積もっている地域もあります。気温は日中も零下5度以下と真冬日が続いています。そんな中、息を飲む写真をインターネット上で見つけました。

国会前で「五体投地」を行う協議会の人々。ツイッター上で見付けた写真であるため出処を確認できませんでした。分かり次第追記します。

国会前で「五体投地」を行う協議会の人々。ツイッター上で見付けた写真であるため出処を確認できませんでした。分かり次第追記します。

 雪の上で寝そべっているように見える人々。梨泰院惨事遺家族協議会(以下、遺族会)の方たちです。

 日本では「梨泰院雑踏事故」とも呼ばれる「梨泰院惨事」は昨年10月29日、ソウル市内の繁華街・梨泰院(イテウォン)にハロウィンを祝うために集まった市民が、狭い路地で密集し押し重なることで起きた事故です。若者を中心に159人が亡くなりました。

 しかし事故から400日以上が経った今も、遺族や事故の被害者たちが満足する国の対応はありません。どういうことなのでしょうか。丹念に事故を追っている『京郷新聞』の特集を読んでみます。

***

 まず、遺族会は寝そべっているのではなく「五体投地」という仏教式の礼拝を行っています。これは両膝と両肘、額を地につけて祈る行為で、最も敬虔な礼拝方法とされるものです。

 「五体投地」は国会前で行われました。協議会は今月14日から20日までを「非常行動期間」と定めています。とりわけ18日から20日にかけて朝10時29分に国会前の籠城テントを出て、約2時間半の間、国会周辺で行ったものです。

 目的は『梨泰院惨事特別法』の制定を国会に求めるためです。同紙によると同法の骨子は「惨事の発生原因・収拾過程・後続措置などに対し、独立的に真相究明調査を行う特別調査委員会を構成するもの」となります。

 同法は昨年6月30日に国会で野党4党の主導の下に「ファストトラック」案件となったため、12月20日からの国会本会議で採決が可能な状態になっており、協議会は早期の成立を求めています。その間は与党の反対で法案に対する議論も行われてきませんでした。

 このように、韓国内の一部に特別法に反対する意見がありますが「真相究明」という言葉が「ブラックホール」のようにキリのないものとして受け止められている向きが確かにあります。

 「真相究明」はどんな事故にも求められる一方で、激しい陣営間対立により政治への信頼が無い中では、遺族がその結果を納得して受け止めることが難しい分野でもあります。

 梨泰院惨事の場合には警察庁に設置された「特別捜査本部(以下、捜査本部)」が事故の調査を終えたという形になっているためなおさらです。

「梨泰院惨事」が起きた現場の路地。22年10月30日、事故の翌日に私が撮影したものです。

「梨泰院惨事」が起きた現場の路地。22年10月30日、事故の翌日に私が撮影したものです。

***

 『京郷新聞』はこんな「なぜ真相究明が必要なのか」という問いに答える記事を書いています。同紙が捜査本部の記録をチェックしたところ、災難対応を司る行政安全部への捜査が形式的なものに終わっていることが分かったといいます。

 記事に引用された捜査記録からは、事故を「他人事」のように受け止めている、無気力で無責任な公務員の姿が浮かび上がります。韓国でよく使われる慣用句「魂のない公務員」そのものです。

 捜査本部は合計36人におよぶ行政安全部職員の調査を行ったものの、局長級一人を除いては幹部には聞き取りをせず、証言から明らかになった問題点に対してもそれ以上踏み込んで聞かないなどの問題点があったとします。

 背景には「刑事処罰を前提とする警察による捜査であるため、関連者は最大限防御的になる他になく、捜査する側も嫌疑の構成と関係のない話を深く聞く必要がない」(市民団体)という事情もあります。

 確かにここまで踏み込むと、なぜ広範囲な特別調査委員会が必要なのかが見えてきます。同紙はこれを簡潔にこうまとめます。

「災難管理にどんな問題があったのか、惨事が再発しないためには各機関の組織文化がどう変わればよいのかといった視点を(政府は)持てていない」。

 つまり「捜査」ではなく「調査」が必要だ、ということです。

 20日、国会では最大野党・共に民主党の李在明代表が「梨泰院惨事特別号は倒れた大韓民国のシステムを蘇らせようというもの。特別法を可決し惨事の真相を究明し責任者を処罰し、悔しい死の真実を明かすべきだ」と述べました。

 反対を続ける与党に向けたメッセージですが、上述してきたような内容を踏まえ、もう少し別の言い方があったかもしれません。

***

◎[連載]10部作ドキュメンタリーで見る韓国の超低出産(1)0.78以降の世界

 今や南北分断よりも重要な、韓国最大のチャレンジとなっている少子化問題。2022年の合計特殊出生率(※)「0.78人」という結果を前に、多角的な視点から考えてみようと作られたのが、韓国のNHK教育テレビにあたる『EBS』の10部作ドキュメンタリー『人口大企画―超低出生』です。

 タイトルにある通り、単純に出生率が下がっているというだけの話でなく、これが韓国社会のあり方にどんな影響を及ぼすのかに始まり、危機をどう乗り越えていくのかまで、問題に幅広くアプローチしている良いドキュメンタリーです。私は現在半分まで見たのですが、毎回別の司会者が登場する上に、きっちりと取材してあり飽きさせません。

 第一部『0.78以降の世界』は、1960年に6.16人、70年に4.54人、82年には2.06人だった出生率が、96年に1.57人と減ったことを現代史の動きを背景に振り返っていきます。70年にはソウルと釜山を結ぶ韓国初の高速道路が開通し、82年には韓国プロ野球がスタートします。また、96年には「産児制限政策が廃止」とナレーションがありました。

 ここで私は画面を止めます。「産児制限政策?ちょっと具体的に説明してよ」という思いからです。私も妻(5人きょうだいの長女です)を通じ聞いたことがありましたが、説明せよと言われるとできません。そこで少し調べてみました。

***

 韓国政府系の経済シンクタンク『KDI(韓国開発研究院)』によると、60年代の韓国政府にとって産児制限政策は死活問題だったといいます。「たくさん産んで苦労せず、少し産んでしっかり育てよう」という標語の下で「3・3・35」運動を展開したそうです。「3人を3歳の年の差で産んで、35歳までに出産を終えよう」というもので、当時、保健所や「家族計画指導院」では無料で不妊施術(いわゆるパイプカットでしょうか)をしてくれたそうです。

 70年代には「娘と息子の区別をせずに二人産んでしっかり育てよう」に変わりました。これは男児を好む社会風潮に対するメッセージも込められていたそうです。

 80年代には「二人よりも一人」に変わりました。この時もまだ増えすぎる人口に対する危機感があったと、同研究所は記述しています。また、「しっかり育てた一人の娘がいれば十人の息子も羨ましくない」と男児を望む声に対し明確に「NO」を突きつけたとします。

 転機は83年にあったそうです。この時に出生率が「人口代替率」、つまり現段階の人口を維持できる「2.1」を下回ったためです。しかし政府はまた増加に転じるのではないかという考えの下、産児制限政策を進めたそうです。一方で男女の出生比は90年には男性116.5対女性100にまで増加しました。

 89年になりようやく政府は避妊事業を中断するなど産児制限政策を中断します。「1.57人」まで減った96年には人口政策の目標を「産児制限」から「資質の向上」へと転換しました。ややこしい言葉ですが、人口の質的な向上のために努力するという意味だそうです。当時「何か足りない一人っ子、満足する二人の子、安心の三人の子」という標語が作られたそうです。とんでもない変わりようですね。

 05年には出生率が1.08人にまで落ち込みます。この時すでに「子どもに受け継ぐ最高の遺産はきょうだいです」という標語が登場したそうです。

***
番組タイトルです。番組をキャプチャしたもの。

番組タイトルです。番組をキャプチャしたもの。

 すでにお腹いっぱいという感じですが、ドキュメンタリーに戻ります。まだ始まって3分の時点です(笑)。

この記事はサポートメンバー限定です

続きは、9122文字あります。

下記からメールアドレスを入力し、サポートメンバー登録することで読むことができます

登録する

すでに登録された方はこちら

提携媒体・コラボ実績

サポートメンバー限定
[57号] 特集「シルミド事件」、ドイツが国連軍司令部に加入、北朝鮮の予防接種率が大幅低下、ルポ「脱...
サポートメンバー限定
[56号] 8月15日の『光復節』に尹大統領は何を語るか、朝鮮半島‘全...
誰でも
[コラム] 朝鮮戦争停戦から71年…映画『脱走』があぶり出す南北の若者...
サポートメンバー限定
[55号] 危険な「ゴミ風船」と「拡声器」の応酬、カマラ・ハリス当選時...
サポートメンバー限定
[54号] 大注目・米韓の新「核指針」、朝中はギクシャク?、統一研究院...
読者限定
[コラム] ‘三たび小池百合子’で失われる朝鮮人虐殺の記憶
サポートメンバー限定
[53号] 韓国軍がピンチ?軍の中間幹部が年間9000人退職、泥仕合の...
サポートメンバー限定
[52号] 韓国政府「北朝鮮人権報告書」、尽きぬ南北の‘軍事的行為’、...