「対話しろ」「現実を見ろ」文在寅vs尹政権の第二ラウンド、ロシアを巡る南北朝鮮の温度差ほか|第4号

北朝鮮政策をめぐる進歩派と保守派の争いが、文在寅vs尹錫悦となって表面化しています。また、南北朝鮮はロシアを巡りそれぞれの主張をたたかわせています。イベント紹介もあります。
徐台教(ソ・テギョ) 2023.10.06
誰でも

皆さんアンニョンハセヨ。今号からテーマを分けて週2回の発行になります。金曜日は南北関係・朝鮮半島情勢を扱う号となります。

簡単な目次は以下の通りです。

  • 韓国から見た南北関係(1):続く文在寅vs尹錫悦・与党

  • 韓国から見た南北関係(2):北朝鮮、最高人民会議の読み方

  • 朝鮮半島情勢(1):ロシアとの関係巡り南北に克明な差

  • 朝鮮半島情勢(2):対話を止める「門番」としての韓国

  • 三行ニュース:北朝鮮がニュースで韓国を「傀儡」と表記/第三国出身の脱北者への支援を強化/北朝鮮への人道支援を厳しく/「力による平和」の欺瞞

  • イベント紹介:韓米同盟70年の足跡を追う、大韓民国歴史博物館特別展示『同行』

  • あとがきに代えて:有料化のお知らせ

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◎韓国から見た南北関係(1):続く文在寅vs尹錫悦・与党

10月4日は韓国では(より正確には南北関係に興味を持つ人にとっては)『10.4』と称される特別な日となっています。

07年10月4日に、当時の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領と金正日(キム・ジョンイル)国防委員長が北朝鮮・平壌で行った首脳会談と、その成果である『10.4南北共同宣言』を記念する日であるというのがその理由です。

07年10月4日、南北共同宣言発表後、手を取り合う南北首脳。大統領記録館提供。

07年10月4日、南北共同宣言発表後、手を取り合う南北首脳。大統領記録館提供。

そんな日の午前8時過ぎ、文在寅(ムン・ジェイン)前大統領は自らのFacebookページに25行ほどのメッセージを投稿しました。内容は、尹錫悦政権下での南北関係を正面から批判するものでした。

前半部では07年の南北首脳会談後の11年を「空白と退行」と表現しながら、自身が大統領を務めた18年にあった『4.27板門店宣言』と『9.19平壌共同宣言』を自画自賛しました。

『9.19平壌共同宣言』についてはニュースレターの第2号でも触れたように、文前大統領は文政権の成果と考えています。5周年を迎えた記念式で文前大統領が「保守政権より進歩派政権の方が優れている」と発言したことが、今に続く現政権とのバトルのきっかけになりました。

なお『10.4』当時、文在寅氏は盧武鉉大統領の大統領秘書室長(長官級)として、会談を仕切っていました。

メッセージの内容に戻りましょう。

後半部では現在の南北関係を「暗いトンネル」に例えつつ、「対立が激化する国際秩序の中で韓半島の緊張が次第に高まっているが、終わりは見えず対話の努力すらなく心配が大きい」と気持ちを吐露しました。

圧力一辺倒の尹政権の対北朝鮮政策を正面から批判するものです。そして文前大統領は「ふたたび平和へと力を合わせる時だ」と強調しました。

こんな短いながらも痛いところをつくメッセージに正面から噛みついたのが、与党・国民の力です。即日、首席報道官が論評を発表しました。

タイトルはずばり「ニセの平和にしがみつき、終戦宣言に執着した文在寅前大統領。対北認識は依然として時代の変化に眼をつぶっている」というもの。もはや遠慮も何もありません

さらに文前大統領を「今でも間違った北朝鮮の夢にハマっている」と非難しました。

その論拠は「安全保障の現実がいつにも増して厳重だ」というものです。核の高度化やロシアとの軍事協力などを挙げながら「銃口を向ける相手に対話などというのは現実を見ていないもの」と切り捨てました。

論評では文政権の5年間を「ニセの平和ショーと対北屈従的な姿勢」と断じていますが、こうした論法はすべて尹錫悦大統領の発言に従ったものです。

10月4日、在郷軍人会創設71周年記念式に参加した尹錫悦大統領。大統領室提供。

10月4日、在郷軍人会創設71周年記念式に参加した尹錫悦大統領。大統領室提供。

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実はこの日、尹大統領も遠距離で文前大統領と舌戦(?)を繰り広げていました。

午前中にソウル市内で行われた『在郷軍人会創設71周年記念式』の祝辞を通じてです。

在郷軍人会といえば日本では大日本帝国時代の雰囲気がありますが、徴兵制を敷く韓国では会員が多く、保守強硬派の団体として存在感があります。記念式には5,000人が集まったそうです。

祝辞の中で尹大統領は「北朝鮮が核とミサイル能力を高度化し、核を使うことを脅迫している」といういつもの前提を述べつつ、持論である「ニセの平和論」を以下のように定義しました。

(1)国連安保理の対北朝鮮制裁を先に解除すべきだ(2)南侵(北朝鮮による韓国への侵略)抑止力に重要な機能を果たす国連軍司令部を解体しなければならない(3)終戦宣言をしなければならない(4)対北偵察資産の運用を縮小する(5)韓米連合防衛訓練を止めてこそ平和が保障される

番号は便宜上、私が振りましたが、順番は尹大統領の発言そのままです。これをどう受け止めるべきか考えてみましょう。

まずはため息しか出ません。それは「順序がメチャクチャ」であるためです。

上の5つの内容はいわば相互に絡み合ったものです。(3)、(4)、(5)は北朝鮮の核開発を止め非核化を前進させるためのカードとして考えられるもので、実際に文在寅政権で実行に移されました。

ですが(1)と(2)はそうした「政策」の範囲を大きく超えるもので、他のものと同列に並べることは難しい性質のものです。

ここで一旦、「朝鮮半島問題の終着点、解決点はどこなのか」ということを考えてみましょう。

ヒントは05年の6者(韓国、北朝鮮、米国、日本、中国、ロシア)協議の合意と、18年の史上初の米朝シンガポール会談での合意にあります。

字数の関係上、エッセンスだけ抽出すると『米朝対立の解決(朝鮮戦争停戦協定の平和協定への転換)=米朝国交正常化=北朝鮮の非核化=国連安保理・各国による北朝鮮制裁の解除』となります。これらは同時ゴールです。

さらに副次的なものとして、日朝国交正常化や6か国による多者間協議機関の設置などがあります。

少なくとも2019年まではこの公式が朝鮮半島問題における唯一の平和的な解決策でした。これ以外には金氏政権の崩壊しかありません(とはいえ崩壊後に韓国が思い通りにできるかというと、法律上そうはいきません。この辺の話はまた別の機会に)。

しかし現在は、北朝鮮が非核化の意志を完全に捨て、核武力の拡大に突き進んでいることで「ゴールが失われた混乱状態」にあります。混乱を収め別のゴールを設定すべき韓国の尹政権が、逆に混乱を煽っているため、しっちゃかめっちゃかになっているのです。

上記の話に戻ると、(1)と(2)は他の三つと同列に並ぶ内容ではなく、段階的な変化と共に語られるべき内容であるのです。

尹大統領はわざとなのか(おそらくわざとでしょう)、内容をごちゃ混ぜにすることで「対話による平和」という思考や議論を、社会から根こそぎ奪おうとしているように見えます。

実はこの日の在郷軍人会の創設記念式には「全国 邑・面・洞会長 総力安保決起大会」という副題がありました。尹大統領は参加者たちに「自由大韓民国に対する確固とした信念を持つ皆さんが、この国を守らなければなりません」と訴えました。

9月19日、『919平壌共同宣言』5周年記念式で、文在寅前大統領(左)と握手する金東兗(キム・ドンヨン)京畿道知事。右端は金大中元大統領の右腕として「太陽政策の伝道師」と呼ばれた林東源(イム・ドンウォン)元国家情報院長。金知事はいわゆる「平和陣営」と呼ばれる対話派を受け継ぐ政治家と見られている。次期大統領候補の一人だ。

9月19日、『919平壌共同宣言』5周年記念式で、文在寅前大統領(左)と握手する金東兗(キム・ドンヨン)京畿道知事。右端は金大中元大統領の右腕として「太陽政策の伝道師」と呼ばれた林東源(イム・ドンウォン)元国家情報院長。金知事はいわゆる「平和陣営」と呼ばれる対話派を受け継ぐ政治家と見られている。次期大統領候補の一人だ。

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文在寅vs与党に戻りましょう。対話を徹底して意味のないものとする与党の批判は正しいのでしょうか?

私は正しくないと思います。

尹政権が「対話の努力をしない」という文前大統領の指摘はまさにその通りです。

尹政権の安全保障戦略によると「対話」とは抑止(Deterrence)→断念(Dissuasion)→対話(Dialogue)という『3D戦略』の3段階目に位置しているに過ぎません。つまり、核開発を諦めて初めて対話が始まるというものです。

対価がない、もしくは対価が何か分からない状態で北朝鮮が核を放棄するはずもなく、絶対に対話が始まらない状況です。政策として対話を放棄しているとしても過言ではありません。

そもそも、南北関係改善のタクトを振るうべき統一部の金暎浩(キム・ヨンホ)長官が今の時期、わざわざドイツまで行って20年6月の南北共同連絡事務所爆破を取り上げ「対話は難しい」と明言しています。対話については後段でまた触れます。

もう一つ、いったい文政権の5年間は屈従的で、北朝鮮や米国を巻き込んだ「朝鮮半島平和プロセス」は平和ショーだったのでしょうか?

これもやはり「NO」です。

少なくとも19年2月にベトナム・ハノイであった二度目の米朝首脳会談が決裂するまで、金正恩氏に「本気があった(‘本気だった’とは若干異なります)」というのが大方の見方です。

ただ、金正恩氏は何も得られるものが無かったため、対話路線を捨て、国防科学発展や核武力の強化へと舵を切りました。これを引き留めるために文政権が「終戦宣言」に最後までこだわったのは事実です。

既にハノイの段階で韓国政府が積極的に切れるカードはゼロだったため(チャンスはハノイ前まで!)、北朝鮮が武力強化に踏み出す中で無理に終戦宣言を推し進めようとしたことが「屈従的」と見られる要因となっているのです。

今なお、ハノイ会談の前に大きな一歩を踏み出せなかった文在寅大統領の「勇気のなさ」への強い批判が、支持層の進歩派の中に根強く存在しています。これが果敢なイメージのある李在明(イ・ジェミョン)共に民主党代表への支持理由の一つなのですが、私もまた一市民として虚無感に近い静かな怒りを抱いています。

しかしいずれにせよ、正面から尹政権の貧困で一辺倒な北朝鮮政策を批判できる人物は文前大統領の他にありません。そういう意味では、自身の役割を果たしていると言えるでしょう。

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◎韓国から見た南北関係(2):北朝鮮の最高人民会議の読み方

もう一つは9月26日から27日にかけて行われた北朝鮮の最高人民会議(国会に相当)第14期第9次会議についてです。

前号でも触れたように、この会議のハイライトは憲法に「核武器(核兵器)発展の高度化」と「核武器の使命」を明文化したという点にあります。

また、後者の部分で『領土完整』という表現が韓国への先制核攻撃を示唆しているのではないかと話題にもなりました。

その後、朝鮮総連機関紙『朝鮮新報』の記事(5日付け、朝鮮語版)により、核武力に関する内容が「国防」を規定する第4章の第58条に明記されたことが分かりました。

内容は「核武器発展を高度化し、国の生存権と発展権を担保し、戦争を抑止し地域と世界の平和と安定を守護する」というものだそうです。

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最高人民会議自体を韓国ではどう評価しているのでしょうか。

その一つのバロメーターとなる国策シンクタンク『統一研究院』のレポート『北韓最高人民会議第14期第9次会議分析』を紹介します。現時点(6日)で主要シンクタンクから出ている唯一のレポートでもあります。

レポートでは、同会議を▲軍事・対外部門、▲政治・組織部門、▲経済部門の三つから分析しました。

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まず軍事・対外部門では、憲法の条文を修正し、核保有と核武力の高度化を永久的な目標として宣言、さらに核保有とその法制化を「世界が公認」したと表現することで「核保有国として既成事実化を図っている」としました。

また、国際社会の非核化交渉努力を「取るに足らない善意と華麗な誘惑」と評価した点、「帝国主義者たちの暴制の核が地球上に存在する限り」核武力を持続的に強化していくことを宣言した点に注目しました。

他方、度重なる人工衛星発射実験の失敗にもかかわらず、国家宇宙開発局を国家航空宇宙技術総局として昇格する決定をした点も強調しました。

さらに「領土完整」が憲法に条文化された点については、朝鮮半島の現状変更を目標にする攻勢的な核態勢と核戦略の推進をより明確にしたものと評価しました。

次いで、朝中露の三角共助の強化を通じ国際社会の対北朝鮮制裁包囲網の脱出と、核武力の強化を同時に推進することを闡明にしたと見ました。

北朝鮮で行われた最高人民会議の様子。朝鮮中央通信より引用。

北朝鮮で行われた最高人民会議の様子。朝鮮中央通信より引用。

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次に政治・組織部門では、共産主義の再登場に着目しました。

金正恩氏が「共和国政府は国の紀綱(綱紀)を強く打ち立て、全社会に立派な共産主義的な国風を樹立」せよというイデオロギー的な闘争課業を提示したというものです。

金正恩時代に削除されていた論が復活したという見方で、レポートではこれが「新冷戦」のイデオロギーを補強する対内的な連携イデオロギーとして位置づけられる可能性があるとしました。正直よく分からない分析でした。

また、「無秩序、無責任制、無関心性をはじめとする弊端(弊害)」という金正恩氏の発言に注目し、国家機関と幹部が機能不全に陥っていることが分かると見立てました。

その背景として北朝鮮が「核武力の高度化」にすべての資源とエネルギーを集中する状況で「自力更生」を強いられる国家機関と行政幹部は弱っているという分析です。

このため、政府は「伝統的な規律と統制政策」をふたたび強調しているとし、「北朝鮮の現実は大衆統制と動員以外の方案はない状況にある」と厳しく評価しました。

こうした『北朝鮮限界論』とでも呼ぶべき論調は、尹錫悦政権(22年5月~)の前後から統一研究院に特に目立つようになりました。

国策シンクタンクならではの保守派政権への一定の配慮なのか、もしくは正当な分析の結果なのか、おそらく複雑に絡みあっている部分があるのでしょうが、北朝鮮の状況がここ2~3年厳しさを増していると韓国政府が見ているのは確かです。

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最後に経済部門です。

特別な成果や政策の転換がキャッチできなかったと総括しながらも、食糧問題において農業部分に対する「強力な支援を不断に増大」させる意志を表明(2023年予算では農業発展と農村振興関連予算を14.7%拡大。他の分野は1%台)した点に注目しました。

また国家の「統一的な金融体系」に言及している点を取り上げ、中でも「貸付業(貸金業)」が多く言及されたとしました。

企業や農場などの生産単位が借りたお金を返せない場合の補償や責任を定める一方、公的金融機関に資金の中継を一元化する狙いがあるとしました。

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北朝鮮の経済問題を考える場合、常に課題となるのが「改革・開放」でした。

中国やベトナムのように門戸を開き経済発展を成し遂げ、独裁体制のソフトランディングまでも射程に入れた議論です。

これについて『北韓人権民間団体協議会』という、韓国内外の北朝鮮人権改善運動を行う54団体が所属する会の孫光柱(ソン・グァンジュ)代表は3日、「北韓の非核化と改革・開放は北韓体制の重要な変化が伴わなければ不可能だ」と述べました。聯合ニュースが伝えています

三代にわたって改革・開放を拒んできた北朝鮮の指導体制を考える場合、孫氏がニューライトと呼ばれる右派の人物であることを差し引いても、重要な示唆点を含んだ発言です。

北朝鮮人権問題は尹政権の最優先でもあります。「金正恩体制下では何も変わらない」という論理を明らかにしたもので、現政権に広く共有されている認識であると言えます。

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◎朝鮮半島情勢(1):ロシアとの関係を巡り南北が舌戦

次は朝鮮半島情勢です。

大きな流れとしては「ロシアにあてつけるような形で南北が舌戦を繰り広げている」という点があります。

まず、北朝鮮から見ていきましょう。

今月1日、北朝鮮外務省の副相は朝鮮中央通信に発表した談話の中で、ロシアとの友好関係の発展が「平和守護のための強力な堡塁であり戦略的な土台」であるとしました。

論理としては、米国をはじめ日米韓の「同盟」から平和を守るため、というものです。これは最近になって北朝鮮がとみに使う論理です。

続いて2日、北朝鮮外務省のロシア担当局長は、昨年9月にロシアからドイツへ天然ガスを送るパイプライン『ノルド・ストリーム』が爆発した事件について「ロシアは無関係である」との談話を発表し、ロシアを擁護する姿勢を明確にしました。

***

一方の韓国は全方位からロシアを「口撃」しています。

金暎浩(キム・ヨンホ)統一部長官は9月29日、英紙『Financial Times』とのインタビューで「万一、ロシアによる北朝鮮への軍事支援が韓国の安全を脅かす場合、より強力な措置を考慮する」と発言しました。

また2日、国連本部で行われた国連総会第一委員会(軍縮・国際安全担当)で韓国の国連大使が北朝鮮の核・ミサイル開発が国連安保理決議違反であると主張しながら「私たちはロシアが安保理決議を完全に履行することを求める」と言及しました。

金暎浩長官は同じ日に、「ロシアが(北朝鮮による武器提供の)対価として北韓に技術移転などをすることは、韓国に対する明らかな挑発」と位置づけ、この場合に韓国が「プラスアルファの」制裁を検討するとしています。

実際にロシアと北朝鮮の協力関係はどうなっているのでしょうか。

韓国で9月の朝露首脳会談をめぐるレポートがいくつか出ていますが、外交部付属の国策シンクタンク『外交安保研究所』のものでは、今回の朝露の外交を「全体的な関係改善がテーマだった」と見立てています。

すなわち「今回の会談はソ連解体後に中断されていたロシアと北朝鮮との軍事技術支援問題を含む両国間の全般的な安保協力関係復元の一つ目のボタンをはめたターニングポイント程度に評価するのが適切」というもので、具体的な内容は「時間が経った後に分かる」と現実的な(?)見方です。

ロシア訪問中の9月15日、「ユーリ・ガガーリン戦闘機工場」を見学する金正恩委員長。朝鮮中央通信より引用。

ロシア訪問中の9月15日、「ユーリ・ガガーリン戦闘機工場」を見学する金正恩委員長。朝鮮中央通信より引用。

他方、合意の中身とその影響については、▲砲弾と食糧またはエネルギーの交換である程度の合意か、▲ロシアの東北アジアでの影響力が変わる可能性、▲北朝鮮は空軍力と海軍力の強化を図る可能性、▲中国は韓半島の安定と北韓に対する影響力確保のため北韓との経済協力はある程度の水準で拡大しながら韓半島の状況を管理しようとするだろう、などと見立てています。

いずれにせよ、朝露首脳会談を通じ「ロシアが東北アジアの国際政治への帰還宣言を行った」と評価しています。

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ロシアと北朝鮮の協力という部分では、ロシアメディアが「沿海州で今後2年のうちに1万7千人の労働者不足している」と伝えたと聯合ニュースが報じていました。

ここに北朝鮮が労働者を派遣するかもしれない、という内容でしたが、国連安保理制裁2375号(17年9月)、2397号(17年12月採択)により新たに労働者を派遣することは禁じられ、既存の労働者の帰国期限24か月も過ぎています。

つまり法的に労働者を派遣できる可能性はないのですが、前出の『外交安保研究所』のレポートでは「研修生として身分を偽装する方式を通じ、北韓労働者をロシアに派遣する方案も(首脳会談で)協議された可能性がある」と見立てています。

他方、5日(現地時間)米国CBSニュースは北朝鮮が大砲をロシアに移し始めたと伝えました。事実ならば大きなニュースです。

なお、北朝鮮とロシアは首脳会談で合意された協力内容を詰めるために、11月に北朝鮮で委員会を開催する予定です。

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余談ですがそれにしても「露北」という並びは嫌なものですね。これも尹政権が最近決めた方針によるものです。北は他人だというものです。これまで通り「北露」でいいじゃないの。

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◎朝鮮半島情勢(2):対話を止める「門番」としての韓国

最後に、対話の話をもう一度して今号は終わりにします。

米国国務省の報道官は2日、「北朝鮮が外交に復帰することを促す面において、中国が影響力を行使すべき」という旨を明かしました。

これをはじめ、いくつかの報道によると、米国や日本が北朝鮮との対話を望んでいるように思えますが、それは本当なのでしょうか?対話が実現するのでしょうか?

ヒントは、韓国の金暎浩統一部長官の発言にあります。

やはり既に引用した英紙『Financial Times』とのインタビュー(9月29日)で「北韓はソウルを経ずに東京やワシントンに行けない」と発言しました。

この内容からは過去、盧泰愚(ノ・テウ、在任88~93年)大統領が、米国と日本が韓国の頭越しに北朝鮮と対話することを強く牽制した事例を思い起こします。

ですが、対北朝鮮外交における自主権を重視した当時の脈絡とは異なり(米朝、日朝対話を結果として一度だけ容認しました)、現在では対話をさせない「門番」として韓国が君臨する図式と言えるでしょう。

前段で言及したように今の尹錫悦政権にとって対話とは、北朝鮮が核保有を諦めた時はじめて可能になるからです。

朝鮮半島のここ30年ほどの歴史を振り返る場合、韓国政府が対話を望まない場合には、朝鮮半島をめぐる対話が起こりません。

韓国が朝鮮半島情勢の当事者であるためで、尹政権が現在の姿勢を維持する限り、対話の局面が訪れることはないでしょう。

これを動かすにはセオリーを無視した外交しかないのですが、外交を語らせたら韓国進歩派ナンバーワン(?)の文正仁(ムン・ジョンイン)延世大学名誉教授は韓国のラジオ番組で「来年11月の米大統領選でトランプが当選する場合、北朝鮮と対話する可能性はかなり高い」と発言し話題になりました。

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◎三行ニュース

・北朝鮮がニュースで韓国を「傀儡」と表記

北朝鮮の国営『朝鮮中央テレビ』が10月2日のニュースでアジア大会女子サッカーの南北対決(4:1で北朝鮮勝利)を取り上げる中で、韓国を「傀儡(かいらい、米帝国主義者の操り人形の意)」と表記しました。

前代未聞の出来事に対し、韓国政府は「北朝鮮の自信のなさの表れ」と一笑に付しました。余談ですが、これにより最近、北朝鮮が使う≪大韓民国≫という呼称に「国としての認識」ではなく「蔑視」が含まれていることが分かります。

ため息が出るニュースでした。

画面下段に「朝鮮 2:1 傀儡」とある。朝鮮中央テレビをキャプチャ。

画面下段に「朝鮮 2:1 傀儡」とある。朝鮮中央テレビをキャプチャ。

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・第三国出身の脱北者への支援を強化

90年代、多くの北朝鮮女性が中国に渡りました。仕事を求めた人の他に、たくさんの女性が人身売買の被害に遭い中国東北部の農村を中心に売られていきました。

そうして北朝鮮女性と中国人男性の間に生まれた子どもを韓国政府は「第三国出生(脱北者)子女」というカテゴリで管理してきましたが、北朝鮮生まれの脱北者とは待遇が異なりました。

ですが2024年の大学入試からこの「第三国出生」者たちが「特別入試」の対象者に含まれることになりました。

脱北者の定着を管轄する統一部は『聯合ニュース』に対し「小中高課程で教育を受ける脱北民の子女の中で、第3国生まれが3分の2を占めるため支援を拡大した」と明かしています。

実は私は4年前からソウルで脱北民青少年野球団の運営に関わっているのですが、第三国生まれの生徒の増加はとみに感じます。とても良い措置だと思います。

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・北朝鮮への人道支援を厳しく

5日、韓国の統一部は北朝鮮への人道支援および協力事業に関する規定を改正すると予告(行政予告)したと、聯合ニュースなどが報じました。

記事によると改正案では南北協力基金からの支援基準が現在の「年3回」「全体の事業費の70%」から、「年1回」「全体の事業費の50%」へと縮小され、地方自治体は支援対象から外れることになるそうです。

南北協力基金とは1991年に始まった政府がほぼ全額を出捐する基金で、北朝鮮への人道支援や南北交流を通じ、南北関係改善のために使われる基金です。

ここ数年は年間350億から1000億円の間で造成されてきましたが、南北交流が限定的だったため、基金のほとんどが残る状況が続いてきました。

改正案では、基金の用途や使用過程でのチェックが強まります。事業終了時までの非公開原則も廃止されます。また、モニタリングは必須となり、事実上、現在の南北関係下での人道支援への拠出は難しくなりました。

「透明性を高める」と言えば聞こえはよいですが、人道支援に消極的な尹政権の姿勢を暗に示すものと言えるでしょう。尹政権の発足以降、北朝鮮への人道支援のために物資搬出は6度承認されています(23年4月現在)。

なお、今年6月、英国のNGOが発表した報告書によると北朝鮮で人道支援が必要な住民は1040万人(人口の約4割)にのぼると明かしています。

***

・「力による平和」の欺瞞

最後に、コラムの紹介です。韓国の著名弁護士・林宰成(イム・ジェソン)さんが『ハンギョレ』に寄稿したもので、尹錫悦大統領が掲げる『力による平和』がいかに空虚なものなのかを喝破しています。

まずはトイレから直せ、という提言はリアルでした。ニュースレターを最後までお読みになった後で、リンクをご覧ください。

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◎イベント紹介:大韓民国歴史博物館「韓米同盟70周年」記念展示『同行』

新コーナー、イベント紹介です。現在韓国で行われている興味深い展示や特別な催し物を紹介します。

今日ご紹介するのは「韓米同盟70年」を記念し大韓民国歴史博物館で開かれている展示『同行(Journey Together)』です。

『同行』と書かれたウェブバナー。同博物館HPより引用。

『同行』と書かれたウェブバナー。同博物館HPより引用。

大韓民国歴史博物館とは、ソウル都心・光化門(クァンファムン)広場に隣接する国立博物館です。

外壁に埋め込まれた大きな画面で派手な映像が流れている特徴的な建物を、旅行の際にご覧になられた方も多いかもしれません。景福宮の入り口・光化門の向かい、米国大使館の隣です。

入り口には大きく「韓米同盟70周年」と書かれたアーチがあしらわれています。筆者撮影。

入り口には大きく「韓米同盟70周年」と書かれたアーチがあしらわれています。筆者撮影。

展示は博物館の3階で行われています。「条約締結の背景」、「条約の締結まで」、「締結その後」と3パートに分かれていて、豊富な写真、映像と共に分かりやすい内容となっています。

また、同じ3階では常設展示として『条約・宣言で見る米韓同盟』が行われています。合わせてご覧になられてもよいでしょう。

尹錫悦大統領とバイデン大統領の特大パネルも。筆者撮影。

尹錫悦大統領とバイデン大統領の特大パネルも。筆者撮影。

いわゆる米韓同盟を支えるのが1953年10月1日に調印され、翌年発効した『韓米相互防衛条約』です。朝鮮戦争の停戦時に、当時の李承晩大統領が米国に強く要求し実現しました。筆者撮影。

いわゆる米韓同盟を支えるのが1953年10月1日に調印され、翌年発効した『韓米相互防衛条約』です。朝鮮戦争の停戦時に、当時の李承晩大統領が米国に強く要求し実現しました。筆者撮影。

大きく『同行』と書かれています。写真は息子です(笑)

大きく『同行』と書かれています。写真は息子です(笑)

残念ながらいずれの展示も日本語での説明はないのですが、ご希望の方には私が説明をしながらガイドをするプランを作ろうと思っております。追ってお知らせいたします。

『同行』は12月31日まで開催されており、月・火・木・金・日曜日は10時から18時(最終入場17時30分)、水曜日と土曜日は10時から21時(最終入場20時30分)となっています。入場料は無料です。

詳しい内容は大韓民国歴史博物館のホームページ(外部リンク、韓国語)をご覧下さい。

◎あとがきに代えて:有料化のお知らせ

第4号、いかがでしたでしょうか。私がこれまでやってきた、南北関係や朝鮮半島情勢を追い続けるプロセスを読者の皆さんと共有している訳ですが、情報の「深度」が読者の皆さんにとってどうなのかが知りたいです。

「こんなに詳しくなくてもよい」のか、もしくは「もっと詳しく」なのか教えていただけると今後の参考になります。

私の感覚としては、今の調子であと半年くらい続ければ、基本的なことは言い尽くすことになるのではないかと思います。その時に読者の皆さんもかなり朝鮮半島情勢を読めるようになっていることでしょう。

これに関し大切なお知らせがあります。来週金曜日の第6号から有料化となります。下記のリンクの内容をお読みいただき、ぜひ「サポートメンバー(有料会員)」になっていただければと思います。

これからもよろしくお願いいたします。

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