文在寅vs尹政権の南北関係と李在明「激震」、映画評ほか|第二号(23年9月24日)

今号では南北関係で2本、朝鮮半島情勢1本、韓国社会3本、韓国政治2本の記事のほか、人生初の映画評(!)があります。ぜひお読みください。
徐台教(ソ・テギョ) 2023.09.24
誰でも

アンニョンハセヨ、韓国の徐台教です。ニュースレター第二号をお届けします。前号からさらにボリュームが増えていますので、ごゆっくりお読みください。

私は「どうやらニュースレターは発行する2日前くらいからめちゃくちゃ忙しくなる」ということに気づき、おののいています。それではスタート。

今号の目次は以下のようになります。

  • 南北関係(1):文在寅登場!「9月19日」をめぐる陣営間の争い

  • 南北関係(2):北朝鮮へのビラふたたび

  • 朝鮮半島情勢:尹錫悦大統領が国連で吠える!

  • 韓国社会(1):「教権回復」のための法案が国会で可決、教師の悲願かなう

  • 韓国社会(2):メディアへの牽制強める尹政権

  • 韓国社会(3):職場女性差別に抗う「最後の砦」消える

  • 韓国政治(1):最大野党・共に民主党の李在明代表が窮地に

  • 韓国政治(2):尹政権発足16か月で進む「若者離れ」

  • 映画評:『コンクリート・ユートピア』

  • あとがきに代えて

さて、記事パートに入ります。前号から6日間に沢山の出来事がありました。それもそうですよね、韓国には南北分断と対立を背景とする世界屈指の不平等な社会に、約5200万人が暮らしているのです。問題は尽きません。順に見ていきましょう。

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◎南北関係(1):文在寅登場!「9月19日」をめぐる争い

「韓国から見た南北関係」では、9月19日をめぐる現政権と前政権の見解の差を見ていきます。

この日は5年前、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の首都・平壌で南北首脳が『9.19平壌共同宣言』に合意し、さらに南北軍事当局間で『南北軍事合意書』が署名された日です。両方とも当時はとても重要な内容を含んでいたのですが、今や覚えている人は多くないでしょう。

この出来事を簡単に振り返ると「南北間での実質的な終戦」というものでした。

軍事合意書において「南北双方は一切の敵対行為を全面中止する」と決められ、板門店・共同警備区域の非武装化、東西約250キロの南北軍事境界線(MDL)に沿って存在する監視哨所(GP)の撤収などが実際に行われました。

軍事境界線地域ではさらに、南北が朝鮮戦争時の遺骸を共同発掘するという取り決めもありました。後に、南北からそれぞれ地雷を除去して道を作った兵士たちが中間地点で出会い、握手したシーンの写真を見たことがある方がいるかもしれません。

18年11月22日、互いに地雷を除去し道路を作ってきた南北の軍人たちが、軍事境界線付近で握手している。写真は韓国国防部提供。

18年11月22日、互いに地雷を除去し道路を作ってきた南北の軍人たちが、軍事境界線付近で握手している。写真は韓国国防部提供。

また、5年前のこの南北合意の中には北朝鮮の非核化に関する重大な取り決めもありました。

北朝鮮は東倉里(トンチャンリ)のエンジン試験場とミサイル発射台を優先して永久廃棄するとする一方、「寧辺(ニョンビョン)核施設の永久的な廃棄」も明言した点で注目されました。

もっとも寧辺に関しては「米国の相応措置」が条件となっていました。ここが噛み合わなかったことが、翌年2月にベトナム・ハノイで行われた2度目の米朝首脳会談決裂の要因となり苦い記憶として残っていますが、明確な前進をもたらした宣言でした。

分かりやすく言うと、文在寅政権における南北関係のピークでした。あれから5年、文在寅氏の前でニコニコしていた金正恩氏は今や、南側に対する先制核発射をちらつかせるほど、その関係は悪化しています。東倉里も軍事衛星を打ち上げるなど稼働中です。

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そんなこの日に、文在寅前大統領が退任後はじめてカメラの前で口を開きました。ソウル汝矣島(ヨイド)の63ビルで開かれた『9.19平壌共同宣言』5周年記念式典に参加した文氏は7分ほどスピーチを行いました。要点は四つありました。

一つ目は過去、南北関係は盧泰愚(88~93年)政権以降、朝鮮半島の平和に向かう「リレー」が行われる際にはうまくいき、これが中断される場合には軍事的緊張が高まったということです。天安艦撃沈事件(10年)、延坪島砲撃事件(10年)、木箱地雷事件(15年)を例に挙げ、大切な将兵と国民が犠牲になったとしました。

言い換えれば、金泳三(93~98年)、李明博(08~13年)、朴槿惠(13~17年)、尹錫悦(22年~)という「旧時代的で対決的な冷戦イデオロギー」(スピーチから引用)を持つ保守政権を、危険を招く存在として批判するものです。

9月19日、スピーチする文在寅前大統領。式典を中継する市民団体のYouTubeをキャプチャ。

9月19日、スピーチする文在寅前大統領。式典を中継する市民団体のYouTubeをキャプチャ。

二つ目に、こうした「平和に向かうリレー」が中断される場合には韓国経済が悪化するというものでした。

スピーチによると、GDPが世界10位以内に入ったのは盧武鉉、文在寅政権下で、昨年は13位だったとのこと。またやはり両政権下で「CDSプレミアム指数(国家不渡り危険指数と表現)」が最も低く、尹錫悦政権下の昨年に大幅に上昇したということでした。

気になって調べてみたところ、08年以降では08年10月(李明博政権)に899dpと最も高く、その後低下していき、21年8月(文在寅政権)に17.5dpの最小値となっています。そして尹政権下の22年11月に74.9dpとなっていることから、文氏はこう述べたようです。

ですが今年7月には25.74dpまで下がっているので、これだけで判断するのは難しいかもしれません。言わんとすることは分かりますが。

文氏はさらに「輸出増加、貿易収支の黒字規模、外貨保有高、物価、株価指数、外国人投資額などほとんどの経済指標が今よりよかった」とし、尹政権で財政赤字が大きくなったと強調しました。

さらに、世界で最も貿易依存度が高い国に属する韓国は、平和な南北関係の中で周辺国とバランスの取れた外交を展開する時に「コリア・リスク」が減り、輸出も活気を帯びるとしました。

一方で「陣営外交に過度に偏り、外交のバランスを崩すならば安全保障と経済で得るよりも多くのものを失う可能性がある」と尹錫悦政権の外交政策を正面から批判しました。

過去5年の「CDSプレミアム指数」のグラフ。韓国国際金融センターより引用。

過去5年の「CDSプレミアム指数」のグラフ。韓国国際金融センターより引用。

そして三つ目として南北対話の重要性を訴えました。

やはり任期中の17年を例に挙げ、「当時の状況は今よりずっと厳しかった」と振り返りました。その上で挑発には断乎として対応しながらも、結局は対話を通じて南北関係の危機を解決するしかないと強調しました。

最後の四つ目は、いわば「まとめ」にあたるものでした。

進歩派政権の方が保守政権よりも安全保障や経済の成績がよかったとし、「安全保障と経済は保守のが上手」という韓国での通説を強烈に批判しました。

正直、いまこんな通説を知っているのは50代以上の人なのでどうかなと思うのですが、根強い認識であるのは確かです。一番強調したいポイントだったと言えそうです。

見ての通り、文前大統領のスピーチは尹政権を真っ正面から否定するもので、これは与党や大統領室がメチャクチャに腹を立てるだろうなと思いました。

大統領室は翌日さっそく「尹大統領が常に言うように、屈従的で表面だけ見える閑散とした平和な状況が平和ではない」と反論しました。さらに「盧武鉉政府の時に第一次核実験が起き、文在寅政府の時に核とミサイル開発が加速化した」と批判しました。

ただ『9.19軍事合意書』については破棄せずに「北朝鮮の行動を観察して判断する」と含みを残す余裕を見せました。核実験を行う際に破棄し、一気に北朝鮮に圧力をかける狙いがあるのでしょう。

大統領室の怒りはなおも収まりません。今日24日になっても国家安保室長など大統領室の幹部たちが疑問と批判を公にしています。図らずも文在寅vs尹政権となっています。

さて、ここまで読まれた方はどう思いますか?

「また南北関係をめぐる堂々巡りか」と受け止めていませんか?実はそうではありません。とはいえ、長くなりすぎたので一旦、別の話をしてみます。

18年9月19日、平壌のメーデー競技場で10余万の平壌市民を前に演説する文在寅前大統領。思えばこの時が南北関係のピークでした。写真は共同取材団。

18年9月19日、平壌のメーデー競技場で10余万の平壌市民を前に演説する文在寅前大統領。思えばこの時が南北関係のピークでした。写真は共同取材団。

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同じ日の19日午後、ソウル市内のプレスセンターでは国策シンクタンク・統一研究院が『なぜ自由民主主義なのか?』という学術シンポジウムを開催しました。

前回のニュースレターにも登場した統一研究院ですが、国策シンクタンクとして大統領の統一政策(北朝鮮政策)を補佐する役割をします。尹大統領の十八番である「自由民主主義」と「統一」を結びつける作業を行っており、その成果を発表する日となりました。

韓国の憲法4条には「大韓民国は統一を志向し、自由民主的基本秩序に立脚した平和的な統一政策を樹立しこれを推進する」とあります。民主化を成し遂げた1987年の『6月抗争』を経て同年10月に行われた憲法改正により新設された内容ですが、今回、尹政権が行っている作業は、この条項をどう実現するかにフォーカスされていると言ってよいでしょう。

具体的には何か。それは前任の統一部長官である権寧世(クォン・ヨンセ)が今年1月に明言したように『民族共同体統一方案』の修正・補完です。

韓国は盧泰愚政権時代の1989年から『韓民族共同体統一方案』を掲げ、94年の金泳三政権時にこれを『民族共同体統一方案』として確定させました。

これはひと言で、統一に至るまでの中間過程を置くというものです。

まず南北の関係を深め土台を作った後で、「二国二制度」を維持しながら共同の経済圏を形成し、休戦体制を平和協定にするなどの諸般の必要な措置を実現した後で、晴れて南北が法的に一つの国になるというものです。

ややこしいですが、単純化すると「南北和解協力→南北連合→法的に完全な統一」という『三段階統一論』となります。

94年の8月15日の『光復節』に金泳三大統領により発表され、今日まで韓国政府に公式に受け継がれているものです。これが前段で文前大統領が述べた「リレー」の中身と言えます。

2000年6月15日、『6.15南北共同宣言』に合意した金大中大統領(左)と金正日国防委員長(右)。青瓦台提供。

2000年6月15日、『6.15南北共同宣言』に合意した金大中大統領(左)と金正日国防委員長(右)。青瓦台提供。

ではこれを尹錫悦政権はどう修正するというのでしょうか。

この日のシンポジウムで発言した統一研究院の専門家の内容がおそらくかなり近いところにあるでしょう。それは『自由と平和繁栄の韓半島統一方案』というものです。

南北の異質性だけが際立つ中で、あくまで「韓国のアイデンティティを北朝鮮が受容する」(シンポジウムでの別の専門家の発言)ものであり、さらには従来の「漸進的・段階的な統一論は実現するのが難しい」という認識の下、中間過程を飛ばしたものとしても受け止められます。当然、金正恩政権の突然の崩壊が念頭にあるものでしょう。

こういった内容は過去30年間維持してきた韓国の統一政策にとって、大変化に他なりません。

繰り返しますが、盧泰愚政権時代の「北方政策」からの伝統を放り出すような大転換となります。当然、進歩派からの大きな反発があるでしょう。反発は南北統一観をめぐる進歩派と保守派の衝突となり、韓国の陣営間の分断の深まりは絶頂に達することになるのは自明です。

そしてどんな結論になるにせよ、この過程によって『(韓)民族共同体統一方案』がこれまで維持されてきた最も大きな理由である「保守と進歩の合意」が完全に失われることなります。

当時の高官たちは両陣営の合意の上に成り立つことに『民族共同体統一方案』の意義を見出すほどですが、こんな伝統を無視する場合、尹政権は保守派としての正当性をも失うでしょう。もっとも、それを重要視しているようには思えませんが。

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尹政権の統一方案は来年の8月15日を待たず、早い段階で発表される可能性もあります。来年に向けての大きな注目ポイントでしょう。

一方、金正恩氏にとっては実はどうでもよい話です。韓国との対話を無視し続け、体制の生き残りを続ければ何も変わらないです。そして金正恩氏にとっては、進歩派の統一論も大差ありません。前段の文前大統領のスピーチに象徴的な部分があるので引用してみます。

「その結果、東欧の崩壊が始まった時に東ドイツの国民は当然のように西ドイツの優越な体制を選択し、自発的な平和統一を成し遂げることができました」(9月19日のスピーチより)

東西ドイツ統一というのは、東ドイツの市民が選択したものであるというのを正確に知らない方が多いのですが、1990年3月の選挙を通じ統一への意志を表示しているのです。

文大統領の言葉で「東欧の崩壊」は金正恩政権の崩壊を、「西ドイツの優越な体制」は韓国の自由主義的民主主義という体制を指しているのです。南北の体制差と力関係を考える場合にこうなるしかない、という現実がここに浮かび上がります。

長くなりました。この内容だけで2万字も3万字も書けてしまうのですが、それは書籍をお待ちください。南北関係の過去と未来を集中的に掘り下げています。早くお目にかけたいですね。

この話題はまだまだ続くので、今後のニュースレターでも追い続けていきます。日本政府と日本の市民がどんな形で関わっていくのか、私はとても興味があります。

1990年3月の普通選挙を説明するドイツ外務省の資料。

1990年3月の普通選挙を説明するドイツ外務省の資料。

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◎南北関係(2):北朝鮮へのビラふたたび

また、南北関係では緊張を高める動きが起きています。北朝鮮人権団体『自由北韓運動連合』が21日、前日20日に仁川市江華島から北朝鮮に向け、ビラ20万枚とUSB1000個、韓国の成功を宣伝する冊子200冊を大型の風船に乗せ送ったと明かしました。

韓国メディアに公開された写真を見ると、風船には大きく「金正恩の暴政にあえぐ北韓同胞が解放される日まで対北ビラ撒布は続く」と書かれています。

この団体の代表は過去に何度も北朝鮮にビラを飛ばしている人物です。文在寅政権では同団体の設立許可を取消しましたが、裁判で争い、団体の維持に成功しました。

ビラによる「最高尊厳の冒涜」は北朝鮮当局にとって痛いところで、3年前に北朝鮮により南北共同連絡事務所が爆破された際には、その理由の一つとしてビラ撒布が上がりました。最近ではGPSで操作し、狙った座標でビラを撒ける装置もあるといいます。

北朝鮮と近いいわゆる「接境地帯(軍事境界線の付近のこと。南北は互いを国と認めていないので国境はありません)」に住む住民は、ビラ撒布が緊張を高め、物理的な攻撃を招くと取締りを政府に強く要請しています。

実際に2014年には漣川(ヨンチョン)郡でビラ撒布地点を狙った砲撃事件がありました。ですが、規制は容易ではありません。「表現の自由」のためです。

『自由北韓運動連合』がビラを積んだ風船にくくりつけられた大型の懸垂幕。同団体提供。

『自由北韓運動連合』がビラを積んだ風船にくくりつけられた大型の懸垂幕。同団体提供。

韓国の独立機関・国家人権委員会は2015年1月に表現の自由を根拠にビラ撒布を禁止することはできないとしています。

一方、大法院(最高裁判所)は16年1月の判決で、ビラ撒布が軍事境界線付近に住む国民の生命や身体に対する差し迫った深刻な脅威をもたらす場合にはビラ撒布を制止できるとするなど、見解は割れています。

しかし文政権下の20年12月、『対北ビラ禁止法』と呼ばれる『南北関係発展に関する法案』の改正案が成立し、今なおビラ撒布を政府は取り締まることができます。

尹政権はこの法に則り表向きは自制を求めていますが、文政権よりは遙かに緩い規制であり、事実上ビラを撒くことは自由となっています。

今年3月、当時の統一部長官・権寧世はこの法を「悪法」と表現し、この条項を無くせるような勢力が国会の多数を占めなければならないと発言しています。

ビラ撒布は記事にならない所で多く行われています。

この問題は北朝鮮政府の「正当性」をどう見るのかという点と密接に関わっているため、記者の立場ではどちらが良いと判断することは難しいです。

ただはっきりと言えるのは、ビラの撒布が正当なのかを含め、北朝鮮政策について与野党や陣営間で話し合う公的な空間が、今や韓国に全く存在しないということだけです。

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◎朝鮮半島情勢:尹錫悦大統領が国会で吠える!

韓国の尹錫悦大統領が20日(現地時間)、ニューヨークで開催されている国連総会で基調演説を行いました。演説では本題として「開発の格差、気候の格差、デジタル格差」という三つの格差の問題提起がありました。

開発の格差では来年度のODA(公的開発援助)の予算を40%増やしこれを特に教育分野に投入するとしました。気候格差ではやはり『緑の気候基金(GCF)』に3億ドルを追加供与すると明かしました。

一方、炭素中立(カーボン・ニュートラル)の目標達成を早めるとの目標の下で「原発や水素のような高効率無炭素エネルギー(CFE:Carbon Free Energy)を幅広く活用していく」と明言しました。そしてこのための開かれたプラットフォームとして『CF連合(Carbon Free Alliance)』を結成すると明かしました。

最後にデジタル格差の解消については、デジタルの普及と活用が不十分な国のデジタル転換を支援するとしながら、デジタル倫理規範についての強い意欲を示しました。

デジタル秩序の望ましい未来像を具現するための『デジタル権利章典』を近いうちに提案すると共に、国連内にこれを専門とする機関を設置することを提案しました。

国連総会で演説する尹錫悦大統領。韓国大統領室提供。

国連総会で演説する尹錫悦大統領。韓国大統領室提供。

ここまでが演説の前半部でしたが、真打ちは後半部にありました。

尹大統領はこの日の演説で北朝鮮とロシアを真っ向から批判しました。

まず北朝鮮に対してはその核とミサイル計画が韓国だけでなくインド太平洋地域と全世界にとって脅威であるとしました。

また、ロシアについては「他の主権国家(ウクライナ)に武力侵攻し戦争を起こし」、「戦争遂行に必要な武器と軍需品を安保理決議に真っ向から違反する政権(北朝鮮)から支援を受ける現実は自己矛盾的である」と指摘しました。

そして「こうした状況では安保理の改革が必要だという意見が幅広い支持を受けることになる」とロシアに畳みかけました。

その上で「北韓がロシアに通常兵器を支援する見返りに、WMD(大量殺傷兵器)能力の強化に必要な情報と技術を得ることになれば、ロシアと北韓の軍事取引はウクライナだけでなく、大韓民国の安全保障と平和を直接的に狙った挑発となるでしょう。大韓民国と同盟、友好国はこれを座視しません」と両国を強く牽制しました。

国連総会で演説する尹錫悦大統領。韓国大統領室提供。

国連総会で演説する尹錫悦大統領。韓国大統領室提供。

演説のポイントとして、聯合ニュースに面白い記事がありました。22日のもので「安保理批判を後から入れたのは日本に歩調を合わせるためと見られる」という内容でした。数時間前に演説を行った岸田総理の演説で安保理改革に言及されていたため、これに応えたというものです。

一方、尹大統領の演説の中で、従来ならば「北朝鮮とロシア(北露)」と表現されるべきものが「ロシアと北朝鮮(露北)」とされた点が韓国メディアに大きく注目されました(要するに大統領室が担当記者たちにわざわざ強調したということです)。

ちなみに大統領室は先に「韓中日」という並びを「韓日中」と改めるようにメディアに要請しています。

これは重要度順に並べたものですが「北露」も同じ脈絡です。同じ民族であることは決して(もはや)重要ではないという「金正恩政権の損切り」とでも言うべき尹政権の基調が透けてみえるものでした。韓国は2024年から2年間、安保理理事国を務めます。

この他にも演説では2030年釜山万博(韓国ではEXPOという言葉を使います)の誘致に向けたアピールもありました。

今回の訪米で尹大統領は41か国の首脳と会合を持ったそうです。万博誘致レースではサウジアラビアのリヤドに遅れを取っているとの見方が一般的で(3位はローマ)、これを挽回するための努力とのことです。11月28日に結果が出ます。一部ではダメだった場合のアリバイ作りという見方もありますが、どうでしょうか。

また、炭素中立達成のために原発に重きを置くという話は、韓国でその是非をめぐる議論が行われています。今回の尹大統領の提案について『京郷新聞』では社説で「井の中の蛙」と強く批判し「再生エネルギーだけで賄う『RE100』の制度が整う中で実現可能性はない」と断じました。

他方、韓国内の経済紙や原子力専門家などほとんどが「原発が必要」という論調で「今後2~4基の新規原発を」という提案まで出てきています。韓国の原発政策については別途まとめてみたいと思います。

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一方、23日には朝鮮半島情勢については中国の踏み込んだ発言もありました。

アジア大会の開幕に合わせて訪中した韓国の韓悳洙(ハン・ドクス)国務総理が、浙江省・杭州で習近平首席と面談しました。

韓国の韓悳洙国務総理(左)と習近平主席。23日、杭州で面談した。韓国国務総理室提供。

韓国の韓悳洙国務総理(左)と習近平主席。23日、杭州で面談した。韓国国務総理室提供。

韓国外交部によるとこの席で習首席は朝鮮半島問題に対する韓総理に対し「韓半島(朝鮮半島)の平和・安定のために中国も努力を続ける」と述べたとのことです。また「韓半島と南北双方の和解、協力を一貫して支持する」とも語ったとされました。

「和解、協力」というのは、冒頭でお話しした『民族共同体統一方案』の第一段階です。久しぶりに聞く単語でしたが、それが米国や日本でなく習近平氏によるものだったというのが、今の朝鮮半島情勢を表していると思います。

約1時間30分にわたって行われた会談を通じては今後、習氏の訪韓が議論される雰囲気も伝わってきました。習氏の訪韓は14年7月が最後です。また、北朝鮮とロシアに関する言及は無かったとのことです。

同じ日、金正恩氏は習氏に電報を送ったと朝鮮労働党機関誌『労働新聞』が伝えました。9月9日の朝鮮民主主義人民共和国政府樹立の祝電への返信にあたります。

9月当時、習氏は「国際情勢や地域情勢がどう変わろうとも伝統的な中朝親善関係を立派に発展させることは、始終一貫して中国党と政府の確固不動の立場」と送っていました。

金正恩氏の返信には「これからも朝中ふたつの党、ふたつの国が連帯と協力を緊密に行い、朝中親善協調関係が新たな時代的な要求とふたつの国の人民の念願に合わせ、絶え間なく発展すると確信する」とあったそうです。

また24日、ロシアのラブロフ外相は国連で記者会見を開き、来月北朝鮮を訪れると明かしました。プーチン大統領の訪朝が取り沙汰されており、文書が公開されなかった前回の朝ロ首脳会談の後続措置に注目が集まっています。

9月13日、ロシアでプーチン大統領と首脳会談を行った金正恩委員長。写真は朝鮮中央通信。

9月13日、ロシアでプーチン大統領と首脳会談を行った金正恩委員長。写真は朝鮮中央通信。

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◎韓国社会(1):「教権回復」のための法案が国会で可決、教師たちの悲願かなう

前号でお伝えしたように、自死を選ぶ教師が続き、教師としてのやりがいを感じられない状況を変えるため「教権(教師・教員の権利)の保障」を求めた教師たちの行動が、ついに身を結びました。

国会に提出されていた「教権回復4法」が21日、本会議で可決されたのです。286票と満場一致でした。教師の理路整然とした主張と市民の支えが社会を動かした一例と言えるでしょう。

4つの法とは「教員の地位向上および教育活動の保護のための特別法(教員地位法)」に加え、「初・中等教育法」、「幼児教育法」、「教育基本法」の改定案のことです。

法案には正当な教師の生活指導は児童虐待としないことや、保護者の教権侵害の禁止などの内容に加え、校長は教師の教育活動を侵害する行為を縮小・隠ぺいできないという内容もあります。また、教員の幼児への生活指導権も新設されます。

新法ではこのように、正当な生活指導を児童虐待と決めつけ教師を攻撃することが全面的に防止されることになります。これまで保護者の問題提起に孤独に立ち向かわなければならなかった教師も、校長先生や教育支援庁の支援を受けられるようになります。

法案には教師の要求が全面的に反映されたことから、各教師団体は一斉に歓迎するメッセージを出しました。韓国メディアには喜ぶ教師たちの声が多数引用されました。

9月4日の集会で国会での立法を求める教師や市民達。筆者撮影。

9月4日の集会で国会での立法を求める教師や市民達。筆者撮影。

次の課題もまだあるようです。『児童福祉法』と『児童虐待処罰法』の改正などがそれで、教師の指導を児童虐待と見なすことを完全に防ぐ措置や、問題のある生徒の隔離などを求めています。また、法案が実際に効力をもたらすためには予算や人員が必要だという声も上がっています。

教師たちはこうした後続措置の動きを見ながら今後の集会開催を決めるとしています。

週刊誌『時事IN』で弁護士が寄稿した記事によると、2022年に児童虐待で通報された小中高の教師は634人で、実際に懲戒を受けたのは100人だったとそうです。534人が「無辜」であったということです。この記事では法改正の結果、学校・教師と保護者間の間で訴訟が乱発されるのではという憂慮も示していました。

「50万人の教員が動いた成果」と言われる一連の動きですが、他方で生徒の権利を保障する『学生人権条例』の改正も表面化してきました。『ハンギョレ』によると22日、ソウル市教育庁は同条例に学生の責任と義務を記す条項を新設すると明かしました。

条項には、教職員や他の学生など他人への人権侵害の禁止や、学生の権利は他人の自由と権利を侵害しない範囲に制限する、凶器、麻薬、ポルノなど他の学生および教職員の安全を害したり学習権を侵害する所持品を禁止する、といった内容が含まれています。

また、教師が学生に対し助言や相談、注意や訓戒といった教育を行える条項も追加されるとのことです。

同条例は今後、審議を経て10月以降にソウル市議会で票決されることになります。同議会では以前、多数を占める与党・国民の力の議員たちが「学生の権利拡大が教権の問題を招いた」とし、条例ごと廃止しようという動きがありました。改正案の行方も注目です。

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◎韓国社会(2):メディアへの牽制強める尹政権

韓国に『メディアオヌル』というメディアがあります。オヌルというのは「今日」という意味で、全国言論労働組合という記者と専従者で構成される団体が運営しています。

1989年創刊という歴史を持ち、メディアを監視するメディアである一方で、ジャーナリズムの話題について特にアンテナが敏感な媒体でもあります。

その『メディアオヌル』が22日、「朝鮮日報・ハンギョレ報道に‘遮断’、‘削除’命令時代が訪れた」という記事を配信しました。朝鮮日報とは韓国最大発行部数の保守紙、ハンギョレは京郷新聞と並ぶ進歩派メディアの双璧です。つまり、どのメディアにも削除命令を下せる時代になったということです。

どういうことでしょうか。韓国の『放送通信審議委員会(以下、審議委)』が21日に発表した「フェイクニュース対応方案」がその懸念の正体です。

民間機関である審議委は、国家機関の『放送通信委員会』と名称が紛らわしいのですが、『放送通信委員会』による情報通信の審議内容を決定する権限を持つことから、準行政機関と言えます。

審議委のプレスリリースの一部。『ニュースタパ』を名指しで批判している。筆者がキャプチャ。

審議委のプレスリリースの一部。『ニュースタパ』を名指しで批判している。筆者がキャプチャ。

審議委のプレスリリースを見ると、「これまで(審議委)が審議の対象に含めなかったインターネットメディア(言論社と韓国では呼びます)のオンラインコンテンツに関する不法・有害情報に対しても審議を拡大する」とあります。

審議委は「一部インターネットメディアのYouTubeコンテンツがフェイクニュースの温床である、規制の死角地帯である」とし、その例として「『ニュースタパ』によるインタビューねつ造事件」を挙げています。

独立系インターネットメディア『ニュースタパ』は昨年3月の大統領選直前、対立候補の李在明(イ・ジェミョン)氏にかけられていた地域開発過程での不正に関わった人物に過去、尹錫悦氏が便宜を図っていたという関係者のインタビューを掲載しました。

これが尹錫悦氏を誹謗する目的の虚偽報道であると見なされ、現在、検察の捜査が進行中です。

今回の審議委の動きに『メディアオヌル』は批判的です。『ニュースタパ』のようなインターネットメディアは決して「死角地帯」などではなく、すでに言論仲裁法や公職選挙法などによる規制対象に含まれるているという理由によるものです。

さらに『インターネット新聞倫理委員会』といった自律的な規制システムの中にあるのに、準行政機関である審議委が手を突っ込んでくるのはおかしい、という論理です。

また記事中でコメントを求められた弁護士は「虚偽かどうか判別が難しい状況で、国論として定めたものを真実であると枠を作り、(それに合わない)虚偽報道を規制する可能性が高く、民主国家として度外視される方法」であると批判しています。

「大統領が関連した事件(ニュースタパの件を指す)をきっかけにフェイクニュースの規制をするということ自体が、反政府的な情報に対する検閲をするという意図ではないか」とも問題提起を行っていますが、この度の審議委の報道資料を読んで、こう受け取るのは当然でしょう。

尹大統領は今回の訪米の際のスピーチで「フェイクニュースは自由民主主義を脅かす」と述べています。反証不可能な大統領の機密事項を前に、大統領を批判することができない時代が来るのでしょうか。

このままですと、審議委は通報のあった記事を審議し、問題があると判断する場合にはポータルサイト(NAVERやDaumなど)に記事の削除やブラインドを要請することができます。進歩紙『ハンギョレ』などはさっさく反対の声を上げています。

今年8月、審議委の取り決めを実行する『放送通信委員会』の委員長に、李明博政権時代に言論弾圧の先鋒に立ったとされる李元大統領の最側近、李東官(イ・ドングァン)氏が就任したことも懸念の声が高まる一因となっています。

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韓国社会(3):職場女性差別に抗う「最後の砦」消える

最後は尹政権になって後退がとみに懸念されている女性の権利に関するニュースを紹介します。政府が来年度予算で、職場で性差別・セクシャルハラスメントを受けた女性を支援する民間団体『雇用平等相談室』への割当を廃止することが明らかになりました。

このニュースを伝える『京郷新聞』の記事では同相談室に勤務する当事者たちの「女性労働者最後の砦だった」という切実な声を伝えています。

当事者は「複雑になる雇用関係、女性労働者のジェンダー意識は成長したが、変わらない性差別的な上下関係の職場文化の中で、女性労働者は自らを守るため苦労する」と現状を説明しながら「雇用平等相談室は他の様々な相談室を経ても解決しない困難な問題を抱えた女性労働者が最後に訪れる所だ」と、その存在意義を強調しています。

政府は「今後は労働部が直接相談サービスを提供する」と発表しているそうですが、2000年に発足し、これまで数多くの相談を受けてきた同相談室のノウハウは消えてしまうことになると記事では憂慮を伝えています。

相談件数も19年には1万829件、22年には1万3198件と増えているというのにひどい話です。

なお、今年6月に発表された『世界ジェンダー格差報告書(Global Gender Gap Report 2023)』によると、韓国のジェンダー格差指数は0.680で、146か国中105位でした。22年の99位から下降しています。

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◎韓国政治(1):最大野党・共に民主党の李在明代表が窮地に

最大野党・共に民主党の李在明(イ・ジェミョン)代表の立場に大きな変化が起きました。21日午後、国会で李氏の逮捕同意案が可決されたのです。韓国の国会議員は日本と同様にを不逮捕特権を持つため、18日に検察が行った逮捕状請求を受け入れるのかどうかが国会で問われた訳です。

結果は賛成149,反対136,棄権6,無効4。295人の議員(定数300)が投票に参加したため可決に148票が必要でしたが、僅差での決着となりました。この数字だけ見るとそうなんだ、で終わるかもしれません。

しかしこの日、投票に参加した李氏が所属する共に民主党議員が167人いたということが問題です。上記の結果が出るためには最低でも29人、最大では39人が自党代表の逮捕案に賛成したことになるからです。

この結果は李在明代表、そして共に民主党にとって大きな衝撃となりました。

8月31日から水と塩だけを摂取するハンストを行い、9月18日からは病院で点滴を受けながらハンストを続けていた李代表は票決前日の20日晩、自身のFacebookに長文のメッセージを寄せました。

「検察独裁の暴走機関車を止めてください」というタイトルのメッセージを通じ李代表は、逮捕状を請求する検察の嫌疑を否決しました。

なお、李代表への嫌疑は、14年4月から17年2月にかけて自身が当時市長を務めていた城南(ソンナム)市の開発にまつわり、業者に便宜を図り、城南市に最低でも20億円以上の損害を与えたという「背任」の他に、北朝鮮訪問の対価としてある企業に800万ドルを北朝鮮に代理送金させた「収賄」などです。

メッセージには他に注目すべき内容もありました。検察がなぜ国会期間中に逮捕状を請求するのか、という指摘です。

李代表は既に「不逮捕特権は放棄する」と発言しています。本会議のない時期に逮捕状を請求すればよいのに、わざわざ今の時期に請求するのは議員たちに票決させようとする検察権の濫用だという論理です。

「可決されれば党は分裂、否決されれば『防弾(弾よけ国会本会議、弾よけハンストの意)』」と、どちらに転んでも不利な「政治工作」と強く批判しました。

嫌疑については判断できる材料が私にはありませんが、この主張はなるほどな、と思わせる説得力がありました。

22日、ハンスト中の李在明代表を見舞う共に民主党指導部。同党提供。

22日、ハンスト中の李在明代表を見舞う共に民主党指導部。同党提供。

李代表はその上で、今回の票決は尹政権が検察を押し出し三権分立を破壊しようとするものだとして、民主主義を守るように願いました。一連のメッセージは事実上、逮捕同意案否決のお願いと受け止められました。

しかし票決の結果、30人近い離反者が出たためリーダーシップを問われることとなりました。

さらに「不逮捕特権にこだわらず所信に従い投票してください」と所属議員たちに言わなかったことで、不逮捕特権を捨てるとした自らの言葉を翻すことにもなり、李在明氏は二重のダメージを受けたと韓国メディアで指摘されています。

23日に医療陣の勧告によりハンストを終えた李氏は26日に裁判所を訪れ、逮捕状の審査に臨みます。逮捕状が認容される場合にはそのまま収監されます。

担当判事は持ち回りのため既に判明しているのですが、過去の逮捕状審査の傾向からその政治的性向を測る動きがさっそく出ています。李氏にとって有利、という下馬評ですが果たしてどうなるでしょうか。

李氏が代表を務める共に民主党にとっては「党が割れるかもしれない」という激震です。「誰が賛成票を入れたのか」というあぶり出しが支持者や過激な議員を中心に行われています。他方、「私は李在明を弾劾した」と明かしたベテラン議員もいました。

同党では院内代表(日本で言う国対委員長)をはじめとする幹部が辞任し、26日には新たな院内代表を選ぶ手続きが進み、態勢を整えようとしています。逮捕同意案可決で誰が得をし、誰が損をしたのかという政局の話がありますが、ここでは触れません。

注目されるのは、収監された場合に李氏は代表の座に留まるのかという点です。

現在明らかになっている限りでは「イエス」です。獄中で代表として党に指示を出しながら、来年4月の総選挙(韓国は300議席総入れ替え)に備えるとします。代表には議員の当落に絶大な権限を持つ推薦権があるため、これを獄中で行使するという前代未聞の事態もあり得ます。

対する与党は喜色を隠せませんが、態勢を立て直してくるだろう共に民主党を警戒する声もあります。他方、市民の生活面の問題(民生と言います)に集中するとしています。

このように、政府・与党と野党の対立は極みに達した感がありますが、少数野党からは鋭い批判がありました。

演説を行った裵晋教(ペ・ジンギョ)正義党院内代表(資料写真)。正義党提供。

演説を行った裵晋教(ペ・ジンギョ)正義党院内代表(資料写真)。正義党提供。

第二野党・正義党の裵晋教(ペ・ジンギョ)院内代表は21日、国会で行った演説の中で与野党を交互に批判しながら「韓国政治は失踪を超えて滅亡の時代を迎えている」と嘆きました。

そしてあくまで国政の責任は政府と与党にあると強調した上で、民主―進歩派の諸野党と市民社会・学界・労働組合を巻き込んだ『民主主義死守のための緊急時局会議』を提案しました。

韓国ではよく「巨大両党」と言われますが、実際に与党(118議席)と第一野党(168議席)は合わせて全議席の93%を占める圧倒的な存在感があります。

テレビの政治番組にも両党代表だけが呼ばれ、永遠と続く両党の二項対立を有権者は見続けなければなりません。正義党の声などがより大きくなることが、政治の改革につながるでしょう。

それにしても韓国政治は本当に見ていて厳しいものがあります。来年4月の総選挙に向けて、さらにこの傾向は強まるのでしょうが「民生」はどこに行ってしまったのか、社会はどこに向かうのかという心配が尽きません。

◎韓国政治(2):尹政権発足16か月で進む「若者離れ」

最後に、尹大統領の支持率に触れて終わります。最も信頼度の高い世論調査機関の一つ『韓国ギャラップ』の定例調査(調査期間19~21日)によると、尹大統領への肯定評価(支持率)は32%、否定評価は59%でした。

肯定評価理由の1位は外交(31%)で、否定評価の理由1位もまた外交(15%)でした。2位には福島「汚染水」放流問題が入っています。調査結果の中で注目すべきは、20、30代の男女差がほとんど無くなってきた点です。22年3月の大統領選では男性の約6割は尹錫悦氏に、女性はやはり約6割が李在明氏に投票する差が顕著でした。

ですが、就任から約16か月が経った今では、18~29歳男性の肯定評価は25%(否定57%)、30代は25%(否定64%)、18~29歳女性は同13%(否定70%)、30代は17%(否定75%)と共に低空飛行を続けています。若者からの支持を大きく失っていると言ってよいでしょう。

その最も大きな理由はおそらく、人事にあるでしょう。過去に李明博政権(08年〜13年)で要職を務めた人物が次々と舞い戻ってくる様子(しかも問題のある人物ばかり)からは、刷新の雰囲気は1ミリも感じられません。この部分は次号で大事な問題になってくると思います。

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今回のニュース記事はここまでです。お疲れ様でした。

◎映画評『コンクリート・ユートピア』

世の中に不必要なものなんてないと、何度か子どもに諭したことがある。そこに存在するだけで素晴らしいことなんだ。だが私の映画評に限っては当てはまらないのではないかと、この数日間、繰り返し考えていた。否、ニュースレターを始める時から映画評なんて大丈夫かなと苦笑いしていた。何せ生まれてこの方、一度も書いたことがない。

一本目の映画として選んだ『コンクリート・ユートピア』の主人公、キム・ヨンタクもアパートの臨時住民代表を務めることになった際、こんな顔をしていなかったか。煤けた顔は、まあ、やってみますかと言わんばかりに頼りなく見えた。

真冬の韓国で未曾有の大地震が起き国家が壊滅する中、ソウル郊外とおぼしき場所にただ一つ完全な形で残されたアパート。元から住んでいた住民と、近隣から逃げ込んだ人々が共に避難生活を送る。足りない食料、溢れる避難民…キム・ヨンタクは決断を次々と下し、ヒーローとなる。

日本でマンションにあたるアパートは、過去は韓国中産階級の象徴だった。今ではソウルのアパートは値上がりし、富裕層の象徴となっている。韓国では普段からアパートにまつわる逸話は事欠かない。私の息子が小学校に入学する際に体育館で4列に並ばされたが、その内3つにはアパートの名前が書いてあり、残る1つは「その他」だった。アパートはむき出しの財産であり、韓国人のプライドと憧れ、つまりは欲望そのものだ。

映画では大地震がもたらした「リセット」により、韓国社会を覆う絶望的な格差が消え去ったかのように見えた。誰かは待ち望んだかもしれないやり直しのチャンスだった。

だがそこに残った弱肉強食の世界は、大地震前と大差が無かった。ペーソスが背中に張り付いたような人々の姿を前に「人生は近くで見たら悲劇、遠くから見たら喜劇」という使い古されたチャップリンの言葉と共に、乾いた笑いが浮かんだ。見事な作りだ。

反面、観劇中もその後も、韓国は映画やドラマに極限状況を作りすぎているのではないかという従前からの疑問が晴れることがなかった。そうでこそ強烈に表現される人間像があるのかもしれないが、食傷気味だ。現実がすでに極限状態であることに皆気づいているだろうに、さらに地獄を求め、そこにお金を払う人類のタフさには頭が下がる。

映画を途中まで見て気がついたのだが、キム・ヨンタクはあの時、頼りのない顔をしたのではなかった。物静かに「やり切る」という覚悟を決めていたのだ。キム・ヨンタクの危険なやる気がどんな結末に向かっていくのかは映画を見ていただく他にない。キム役のイ・ビョンホンの怪演はスクリーンでぜひ(これ書いてみたかった!)。

映画が終わったのは真夜中だった。どうやって評を書いたものかと悩みながらゆっくりとハンドルを握る。行き交う車も無い静かな道を滑るように進みながら、キム・ヨンタクの縦横無尽ぶりを思い起こし、それでも人生に一度はあんな燃えたぎる時期があってもよいのではないかと考えた。

おそらくそういう見方をする映画ではないだろうが、そう思ってしまったのは仕方がない。

そうそう、全体の出来は良かったが最後のセリフがしっくりこなかった。来年1月に日本で公開されるという。観た方とはニュースレターやYouTubeライブなどを通じ、なぜそう思ったのかを存分に語り合ってみたい。

ふう、なんとか書き上げた。燃えたぎる時期を待ちながら、ひとまず映画評を書き続けていきたい。

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◎あとがきに代えて

23日に中国・杭州でアジア大会が開幕しました。5年前にインドネシアで行われたアジア大会では南北が同時入場し、女子バスケットボールや競艇、ドラゴンボートなどで単一チームを結成しました。ドラゴンボートでは金メダルなどメダル3つを獲得しました。しかし今回のアジア大会は別々の入場です。

韓国の『京郷新聞』によると今回のアジア大会では、男女サッカー、男女卓球、女子バスケットボール、柔道、レスリング、ボクシングなどで激突が予想されるということです。単一チームはしょうがないとしても、南北の選手達が正々堂々と技量を競う姿から明るい何かが見えることを願ってやみません。さっそく柔道が行われ、韓国の選手が勝ったそうです。

ニュースレター第二号、字数がどうなっているのかはもはや数えていませんが、1万5000字くらいになっているのではないでしょうか。いざ書き始めると書きたいことがたくさんあります。本来載せるはずだった書評も「やり過ぎ」と思い次号に回しました。

ある読者の方からコメントで「毎週一テーマではどうか」という意見をいただきました。読む方も書く方も大変ではないか、ということでした。確かになんとなく、ニュースレターにはニュースではなくもっと生活に根付いた記事が求められているような気がしていますが、どうするかもう少し考えています。

最後にいくつかお知らせです。

まず、無料で読める期間を第三号から第五号まで延長します。もう少しやりたいことが見えてから有料化しようと思います。ただ、有料登録は10月からできるようにするので、その際はまたお知らせします。

次に、ニュースレターの存在を周囲の方にたくさん広めてください。

以前、岩波書店から共著(私はコラムだけの寄稿でしたが)で出た『韓国学ハンマダン』という本の中に、「韓国を知ることと南北朝鮮の分断を知ることは必ずしもイコールではないものの、後者を知らずに前者を‘深く’知ることはできない」と書いたことがあります。

南北関係を知る私だからこそ見えるものがある。ニュースレターの売りは間違いなくここにあります。

とはいえ、もっと柔らかい内容も入れていきますね。

最後に、前号で紹介した『朝鮮が出会ったアインシュタイン』ですが、なんと韓国の出版社から翻訳に関する交渉権をいただく好意を得ました。日本語出版に向けて動いていくのでご期待ください。

それでは以上です。日曜日の夜8時。私はこれから愛犬ベリーのお散歩に行ってビールでも飲みます。では!

あ、そうだ、コメントやご意見を本気でお待ちしています。なんでも良いのでお願いします!

散歩だ起きろ!

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