[49号] 汚物風船vs拡声器、南北関係の現状と対策

6月3本目のニュースレターをお送りします。
徐台教(ソ・テギョ) 2024.06.10
サポートメンバー限定

 サポートメンバーの皆さん、アンニョンハセヨ。

 記事ではない形でご挨拶するのは約二週間ぶりです。

 私が住む金浦(キンポ)市は連日良い天気が続いています。韓国の首都圏は6月25日あたりから梅雨入りだそうです。

 梅雨が大嫌いなので(梅雨どきは家事が増えるのです)じめじめする前に色々と済ませておきたい仕事があります。

 ニュースレターの遅れを招いている本の執筆ですが、ようやくあと少しという感じです。思い通りにいかない部分もあるのですが、ゴールがくっきりと見えています。こればかりは辛抱です。

 とはいえ、緊張高まる朝鮮半島情勢について書かない訳にはいきません。

 日本でも「汚物風船」のニュースは大きく報道されていると思いますが、現状はどうで、いったいこの先どうなるのかといういくつかのポイントと共に説明いたします。

◎南北間の応酬

 韓国からは「ビラ」、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)からは「汚物風船」。このやり取りは5月末から始まっています。

 北朝鮮からの風船がはじめて韓国に届いたのは5月28日。

 金正恩氏の妹、おなじみ金与正(キム・ヨジョン)党中央委員会副部長が、韓国から届く汚物(ビラのこと)に対する報復であり「誠意の贈り物」であるとこれを位置づけました。

 過去にない出来事かつ、風船の中身にゴミや堆肥が含まれていたことで韓国社会で大きな注目を集めました。

 この時の韓国社会のおおまかな反応としては「やれやれ」といったところでしょうか。よりによってゴミを送りつけてくるなんて困ったものだ、情けないという認識が多かったように思えます。

 しかし事態は徐々にエスカレートします。

 韓国の市民団体が北朝鮮側へのビラ撒布をやめないため、6月2日まで断続的に汚物風船が韓国に届きました。韓国市民の財産にいくつかの被害が出る実害が発生しました。

 これを受け韓国政府は、拡声器放送の再開をちらつかせました。南北軍事境界線上で行われる北朝鮮向けの宣伝です。

 韓国の豊かさ、北朝鮮の国際社会(正確には西側社会)からの孤立びり、金正恩政権の圧政、韓国の歌謡曲、兵士の脱走・脱北の誘いなどの内容を含む、北朝鮮政府が何よりも嫌うとされるものです。

 すると北朝鮮はビラ撒布の中断を発表しました。

 これで騒動が終わるかと思ったのですが、3日に韓国政府は『9.19南北軍事合意書』の効力停止を決めます。

 4日に尹錫悦大統領により裁可され、韓国を縛るものが無くなりました(北朝鮮は既に昨年11月に無効化)。ノーガードの打ち合いが始まりました。

今年に入り、私が取材したビラ撒布の様子です。ぐんぐんと高度を上げ、北側に飛んでいきました。

今年に入り、私が取材したビラ撒布の様子です。ぐんぐんと高度を上げ、北側に飛んでいきました。

 なおも韓国の市民団体はビラ撒布を続けます。

 ちなみに以前わたしが取材したことのある市民団体からは7日、「今日飛ばすから見に来ないか」と誘われました。先約があったため断りましたが、北朝鮮側に動揺が見られる今がチャンスとばかりに様々な団体が類似の活動を行っています。

 この影響からか、8日に北朝鮮はふたたび「汚物風船」を飛ばします。

 そして9日にはついに韓国がついに虎の子の「拡声器放送」を再開します。同日午後5時から2時間あまり、軍事境界線の最前線に設置された固定式スピーカーから韓国軍の心理戦団が制作した放送が北朝鮮に向けて送出されました。

 その主な中身は、『9.19南北軍事合意』の効力停止、韓米日とIAEAによる北朝鮮の核プログラムへの糾弾、サムスンのスマホが38か国で世界一、北朝鮮内で外国の映像を視聴することに対する激しい検閲が続き北朝鮮住民が苦痛を受けているといった北朝鮮国内では聞けないニュースでした。

 これに加え、天気や物価情報など役に立つ知識に加え、BTSなど韓国の歌手もヒット曲も流したとのことです。

 そしてこの日、つまり9日晩に金与正氏は談話を出し、その中で「対応行動は9日中に終えるはずだったが状況が変わった」と明かしました。

 韓国の拡声器行動を「危険な状況の前奏曲」と指し、ビラの撒布と拡声器放送が続く場合「新たな私たちの対応を目撃することになる」と表明しました。

9日、韓国軍が公開した移動式の拡声器放送車。荷台からスピーカーで出てきて、ぐるぐると回ります。国防部提供。

9日、韓国軍が公開した移動式の拡声器放送車。荷台からスピーカーで出てきて、ぐるぐると回ります。国防部提供。

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◎どちらが冷静なのか?

 駆け足で一連のやり取りを見てきましたが、エスカレートの原因が韓国の市民団体によるビラ撒布にあるのは確かです。

 前回の記事でも書いたように、韓国からのビラ撒布は南風が吹き始めた今年4月中旬から再開され、風向きを見ながらゲリラ的に韓国北部の各地で続いています。

 そのほとんどは、地域住民の反発を避けるために暗くなった夜に行われます。ビラを飛ばす現場を韓国軍や警察が見かけた場合には制止しますが、根本的に阻止することはしません。

 これは法的根拠が明確でないためです。

 昨年9月、韓国の憲法裁判所は『南北関係発展に関する法律』の二箇所に違憲判決を下しました。

 一つは、接境地域(南北軍事境界線付近)でのビラ撒布の一切を禁じる項目です。根拠としては「表現の自由を過度に制限している」という論理が援用されました。

 もう一つはこれを違反する場合に3年以下の懲役または3000万ウォン(約345万円)の罰金に処すという項目でした。これは罰則が過剰であるという判断です。

 政府としては、ビラ撒布が南北間の緊張を高めるという判断の下、なるべく権利を侵害しない形での制限措置を確立する必要がありますが、これに手をつけていない現状があります。

***

 一方の北朝鮮側は韓国政府が市民団体の活動を「表現の自由」の名の下に黙認していることを指摘し、汚物を送りつけることはあくまで「対応」に過ぎないという立場です。

 さらに、一線を越えようとしない姿勢も見られます。

 9日晩の金与正氏の談話の終盤部で「休まずちり紙を拾い続ける困惑が大韓民国の日常になるだろう」と、あくまで非軍事的行為による対応を続けることを暗示している点はポイントです。

 談話の最後には「ソウルがこれ以上の対決危機を呼び起こす危険な行為をすぐに中止し、自粛することを厳重に警告する」と、あくまでボールは韓国側にあるという姿勢を隠していません。

金与正氏の談話。朝鮮新報をキャプチャ。

金与正氏の談話。朝鮮新報をキャプチャ。

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◎尹錫悦政権の好戦性

 一連の事態の推移の中で目立つのが、韓国の尹錫悦政権の好戦的な姿勢です。

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