[39号 J-8] 韓国総選挙の勝敗予想、ドキュメンタリー『政治戦争』、巻頭コラム、大統領室高官がメディアを脅迫など 全6トピック

遅くなりましたが、ジャーナル形式のニュースレターをお送りいたします。書いてみたら政治の話ばかりになってしまいましたが、それなりに考えを込めてみました。
徐台教(ソ・テギョ) 2024.03.18
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 サポートメンバーの皆さま、アンニョンハセヨ。金曜日発行のニュースレター、滑り込みで週内発行になりました。

 いよいよ総選挙まで25日となり、なんとなくソワソワしています。関連する仕事も増えてきており、なかなかハードですがそれはそれ。しかし今号はどうしての韓国政治に関する話題が増えてしまいました。

 目次は以下の通りです。

1.巻頭コラム:陣営に与しないということ

2.ドキュメンタリー紹介:『政治戦争』(3月15日、ニュースタパ)

3.韓国政治:与党優勢?総選挙の分析と、消えた政策

4.ショートニュース

(1)医大定員増をめぐる対立はさらに激化、政府の無能を問う声も

(2)重要事件の被疑者が豪州大使に...高まる「黒幕」への疑惑

(3)大統領室高官が、MBCに記者殺害予告とも取れる脅迫発言

5.あとがきに代えて

 それではごゆっくりお楽しみください。

***

◎巻頭コラム:陣営に与しないということ

 ・跋扈する陣営論

 総選挙までひと月を切る中、テレビニュースをはじめ多くの韓国のマスメディアが選挙報道に時間を割いている。しかし残念なことに、その内容は薄っぺらい。今はようやく各党の公認が終わる段階であるため、ある党で誰と誰が競争している、ある選挙区でどんな候補が激突するといった、表面的な報道に終始している。

 世界ワーストの少子化や不平等、そして拡大一途の政府と医療界の衝突など、社会問題が山積している中、社会問題の解決を政治に問うべきマスメディアが、その役割を果たさないまま政界の動きの後にくっついていくような図式だ。

 こんな物足りないマスメディアの牙城を脅かすのがYouTubeだ。保守、進歩陣営双方に数十万~100万人超の登録者を持つチャンネルがあり、選挙に出馬する候補者たちが我先にと出演し顔を売っている。こちらは報道倫理とは無関係であるためその内容も完全に振り切っている。視聴者も陣営の支持者たちばかりであるため、保守陣営チャンネルは国民の力、進歩陣営チャンネルは共に民主党と、二大政党の強力なバックアップ勢力となっている。

 表向きは報道の体を取っているが、実際には陣営の支持者が「聞きたいこと」を届けるというサービス産業に近い。日本の皆さんが考える以上に韓国ではあらゆる社会的視線に陣営論が染みこんでおり、コンテンツは無限大だ。しかも儲かるとあっては、これをやらない手はない。実際に覗いてみると、スーパーチャットと呼ばれる「投げ銭」が飛び交っている。羨ましくないと言えば嘘になる。

 ここ10数年、韓国で政治に特段関心を持つ市民は、自分好みのスピーカーを探してきた。自身と似た政治的志向性を持つ人物が政治や社会問題をなで切りにするポッドキャスト(音声番組)やYouTubeチャンネルを見付け、育て(!)、コアな政治勢力としてネット上で大きな影響力を発揮する過程を共にしてきた。

 そして私の耳にもこんな陣営論的な“報道”や立場を求める声が入ってくる。特に日本で韓国報道を求める人々の中には熱心な進歩陣営の支持者が多いため、もっと進歩陣営に寄り添った内容を強調すべきという意見であり注文だ。まったくもって大きなお世話であるが、本当にこういう事を言う人が少なからずいるのである。

 私にも思い当たるフシがない訳ではない。少し過去を振り返ってみる。

 ・文政権へのシンパシーから失望

 今から8年前の16年10月にろうそくデモが始まり、17年3月に朴槿惠(パク・クネ)大統領が弾劾された。続く同年5月の繰り上げ大統領選で文在寅氏が当選したのだが、その頃の私は、韓国進歩派に共感するジャーナリストとして日本で(小さな範囲だが)認識されていた可能性が高い。当時の記事を見返すと、自分自身でもそうした匂いを感じ取れる。

 弁解じみたことを言うと、当時は「第二の建国」に近い雰囲気、つまり「韓国社会はこのままでは保たない」という認識がデモ参加者や世論に強く存在しており、私もその熱気にあてられていた。そもそも学生時代から進歩派へのシンパシーがあったということもあるが(北朝鮮をめぐる姿勢では幻滅があった。これは書き始めると長くなるので別の機会に)、それよりも社会の一員としての立場と、報道者の立場を混同していたと自己分析できる。

 しかしながら進歩派、より具体的には文在寅政権への共感ぶりはその後も続いた。しかもその期間はけっこう長かった。17年には9年ぶりの進歩派政権となった高揚感と新しい政治への期待感から、18年から19年春までは南北関係改善への確信といったものがその源泉にあった。

 転機が訪れたのは19年夏だった。この時には今思い起こしても本当にたくさんの出来事があった。安倍政権と文在寅政権が歴史観をめぐり正面から衝突したことと、当時検察総長だった尹錫悦氏が新任の曺国(チョ・グク)法務部長官に強制捜査の嵐をお見舞いしていた時期だった。

 当時、ソウル南部瑞草洞(ソチョドン)の検察庁前では、尹錫悦氏と検察に抗議する進歩派市民が数週にわたって10万人規模の大集会を開く一方、ソウル北部の光化門(クァンファムン)広場では保守派市民が似たような規模の反文在寅集会を開き続けていた。私はこの両方を歩き、つぶさに取材しながら「文在寅政権は失敗した」と判断したのだった。専門家の言葉を借りてだが「失敗」と明記してある記事が今でもヤフーニュースに残っている。

 韓国社会が前に進むために必要な作業、つまり陣営間の対立を緩和し、譲歩と妥協の政治文化を作り、議会政治を再生させるといった分野において、文在寅大統領は何ら成果を残せなかったという視点がそこにあった。私は文氏に対し「第二の建国」に失敗した、より正確には「ろうそく革命」の成果を横取りし潰したという評価を下した。

 こうして私はいわゆる政治的な「両非論者」、つまり進歩派も保守派も批判する立場を取るようになった。ちなみにこの言葉は韓国では否定的な意味で使われることが多い上に、自ら名乗るも性質のものでは全く無い。ここでは「結果としてそうなっている」というニュアンスで受け止めてもらいたい。私がフリージャーナリストとして完全に個人名で活動し始めたのは15年から16年にかけてだが、この時に運良く、陣営論にどっぷり漬かっている人物ではなく、社会のあらゆる面での両極化(分極化、Polarization)を問題視し、これを改善しようとする韓国の改革派と出会えたことも影響しているだろう。

 ついでにもう一つ言うと、生活者としての視点から双方の陣営に厳しい視線を送らずにはいられない。二人の子どもを育て、妻と共働きで家庭を維持し、互いの両親の健康問題に直面する中で、韓国のあらゆる社会問題のるつぼに放り込まれることになるからだ。もはや「どちらの陣営の政権が悪い」という次元ではなく、民主化以降のすべての政権(保守5回、進歩3回)の施政の結果、生きづらい社会になっていると見る他にない。だからこそ、両陣営が力を合わせる以外にこの社会的苦境を抜け出す道がないにもかかわらず、一歩も譲らない政治家に対し幻滅しているのだ。だからこそ、陣営論に与せず批判的な目を持ち続ける必要がある。

 ・信頼のために

 振り返りが長くなってしまった。総選挙までひと月を切った今、どんな姿勢で選挙取材に臨むのかという話をしたかった。

 韓国政治に対し韓国の有権者は「政治的効能感」を失っているという指摘がある。選挙を通じて社会が良くなるという実感を持てないということだ。しかしこんな由々しき事態に至っても、マスメディアもYouTubeもこれを改善する方向には向かわず、単純な陣営間の勝ち負けに関する「ニュース」を垂れ流している。だが私は今後も「韓国政治の現住所」を知ることができるような報道を続けていくつもりだ。

 1945年8月15日の解放から今まで、同族間の戦争や独裁を経ながら、それでも民主主義を勝ち取ってきた韓国市民にとって、政治とは何なのかを問い続けていく。この報道は、勝ち負けを知りたがる世間の風潮とは合わないかもしれないが、日本社会にとっても政治を考え直す一つのきっかけになると確信している。

 蛇足を承知で付け加えると、私が客観的なスタンスを維持しようとする理由はもう一つある。それは信頼のためだ。徐台教という人間が陣営に拠らず韓国そして朝鮮半島を俯瞰的に見ているという認識を、どこかで訪れるであろう激動の時代、言い換えると朝鮮半島の大変化に際し、日本社会を良い方向に説得する原動力(資産)として役立てたい思いがある。これはなんのこっちゃという話と受け止められるかもしれないが、必ずその瞬間が来ると私は確信しているため、準備を怠る訳にはいかないのである。

 韓国総選挙の投開票日は4月10日。何が変わり、何が変わらないのかを問い続け、伝えていきたい。

***

◎ドキュメンタリー紹介:『政治戦争』(3月15日、ニュースタパ)

 先の巻頭コラムでも書いた「両非論」、つまり保守進歩両陣営とも批判する立場(繰り返しますが、この言葉は肯定的なニュアンスで使われる言葉ではありません)の決定版のような番組が15日晩、公開されました。

 制作したのは『ニュースタパ』。企業の広告に拠らず、会員の会費で運営される韓国の独立インターネットメディアです。毎月1万ウォン(約1000円)以上を納める4万人近い会員を擁し、YouTubeチャンネルの登録者は126万人と、今やネットメディアの雄とも呼ぶ存在です。

番組タイトル。『政治戦争』とあります。おどろおどろしいですね。以下すべてのイメージは同番組をキャプチャしたもの。

番組タイトル。『政治戦争』とあります。おどろおどろしいですね。以下すべてのイメージは同番組をキャプチャしたもの。

 調査報道に定評があり、22年5月の尹錫悦政権発足以降は、大統領夫人・金建希(キム・ゴニ)女史の株価操作スキャンダルなどを追い続けています。バリバリの陣営論メディアとは一線を画すも、進歩派メディアに分類されます。

 『政治戦争』は同社が総選挙特集として作った番組の三つ目にあたります。一つ目は『世代多様性国会』、二つ目は『ジェンダー平等国会』です。実はこんな特集があるのを知らなかったため、いずれも見ていません。今後見て、良ければ内容をお伝えします。

 番組はタイトルにあるように、韓国政治が陣営間の戦争になっており、社会的な機能を果たせていないという問題意識から作られています。そうなった原因、そして解決策までを提示する意欲作です。出演者の一人は「ニュースタパが(進歩派に)怒られる覚悟で作った」と舞台裏を明かしています。

***

 冒頭部から印象的でした。共に民主党の現役議員や進歩派の政治学者、そして故盧武鉉大統領の生前インタビューが登場し、「陣営間で権力を分け合う」必要性を問いかけます。協力する政治が存在しない、民主主義が機能していないという視点です。

 陣営間での情緒的な両極化(分極化)がどれほど酷い段階にあるのかを表す指標として、番組では「現役大統領に対する与党支持者と野党支持者の支持率の差」を提示しています。下に引用します。

現役大統領に対する与党支持者と野党支持者の支持率の差グラフ。

現役大統領に対する与党支持者と野党支持者の支持率の差グラフ。

 どうでしょうか。左から金泳三(93〜98)、金大中(98〜03)、盧武鉉(03〜08)、朴槿惠(13〜17)、文在寅(17〜22)の順です。数値は任期中の最大値とはいえ、時代が現在に近づくにつれ有権者の両極化が進んでいることが明確に読み取れます。

 その上で、韓国の政治的両極化の問題は「理念的な両極化」ではなく「情緒的な両極化」の問題であると指摘します。納得です。政治スタンスに対し視点が分かれているのではなく、敵と味方といった分け方に近いというものです。

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