[45号 K-7] 核兵器運用訓練と共に外交熱心な金正恩、それを‘末期的’と見る米韓保守派

ニュースレター、再び正常発行になります。今回は南北関係・朝鮮半島情勢です
徐台教(ソ・テギョ) 2024.04.25
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 サポートメンバーの皆さん、アンニョンハセヨ!韓国で4月10日に総選挙があったことで色々な仕事が重なり、発行がやや変則的になってしまいました。

 今週からふたたび、水曜日は南北関係・朝鮮半島情勢号、金曜日は韓国政治・社会プラスジャーナル号という形でお送りいたします。曜日は例によって少しずれるかもしれませんが、週2回は欠かしませんのでご安心ください。

 二週間ぶりとなるので、ニュースが溜まっています。まず、北朝鮮内部から見ていきます。

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◎北朝鮮が核兵器運用訓練を実施

 もっとも注目すべき動きとして、22日のミサイル発射がありました。「またミサイルか」と思うかもしれませんが、その内容は驚くべき方向に進んでいます。

 この日午後3時頃、平壌一帯から東側に向けて発射されたミサイルは、約352キロを飛んで目的地に命中したと朝鮮中央通信が翌23日の記事で伝えました。「超大型放射砲」と呼ばれる、600ミリ多連装ロケット砲です。在韓米軍などからはKN-25とも呼ばれます。

22日午後、発射されたミサイル。朝鮮中央通信より。

22日午後、発射されたミサイル。朝鮮中央通信より。

 北朝鮮当局は今回の発射を訓練とし、具体的にこれを「超大型放射砲兵部隊を国家核武器総合管理体系『核トリガー』システムの中で運用する訓練」と位置づけました。

 具体的には「国家最大の核危機事態警報である『火山警報』発令時に、部隊を核反撃態勢に移行する手続きと工程に熟達されるための実働訓練、核反撃指揮体系の稼働演習、核反撃任務が与えられた分隊が任務遂行の工程と秩序に熟練し、核模擬戦闘部(弾頭)を搭載した超大型放射砲弾を射撃する順序で行われた」とのことです。

 何のことやら、ですが詳細は後述します。

訓練を見守る金正恩氏。朝鮮中央通信より。

訓練を見守る金正恩氏。朝鮮中央通信より。

 朝鮮中央通信によると、金正恩氏はこの日、一連の訓練を見守り「大満足を表した」そうです。さらに「戦術核攻撃の運用空間を拡張し、多重化を実現したことで、党中央の核武力建設構想が正確に実現したと満足げに評価した」としました。

 それでは一体、今回の訓練をどう評価すればよいのでしょうか。韓国の国策シンクタンク『統一研究院』がさっそく23日にレポートを出しています。

 要点は三つです。

 一つ目はまず、今回の訓練が『核トリガー』システムを超大型放射砲に適用したはじめての運用訓練であり、同システム下の訓練としては23年3月以降、二度目のものである点です。

 昨年には「新型戦術誘導武器(KN-23、北朝鮮版イスカンデルミサイル)」に適用しています。

 今回の「超大型放射砲(KN-25)」は、核弾頭を搭載可能な、飛行場を破壊するためのミサイルです。そのターゲットとして、米韓が合同で使う群山(クンサン)空軍基地が挙げられています。

 二種類のミサイルが核運用システム組み込まれたことが、先の金正恩氏の「多重化」という表現につながっています。

 つまり、北朝鮮の核兵器を総合管理する『核トリガー』システムが実践の上で進化しているということです。

ミサイル発射場をのしのしと歩く金正恩氏。朝鮮中央通信より。

ミサイル発射場をのしのしと歩く金正恩氏。朝鮮中央通信より。

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 二つ目は、この『核トリガー』システムの内容が明らかになりつつある点です。

 レポートでは同システムはいくつかの段階に分かれる「核攻撃警報システム」と「核反撃システム」に分かれマニュアル化されていると分析しています。

 そしてこれを米国の『警報即時発射(Launch on warning:LOW)』システムの一種と見られるとしています。

 今回の訓練では、(1)最大級の警報である「火山警報」システムの仮想発令→(2)核兵器が配備された部隊が核反撃態勢に突入→(3)核反撃のための指揮システムの稼働→(4)対応武器の決定、核反撃任務部隊の任務突入→(5)核弾頭搭載ミサイル(超大型放射砲)の射撃順で行われました。これが米国のシステムと似ているということです。

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 三つ目として、レポートでは核による迅速な反撃が可能なシステムであることを意図的に誇示し、米国に向けた最少の抑止力を確保していることを見せつけるためのものと位置づける一方で、その弱点も指摘しています。

 米国のシステムを真似るためにはロシアのような核戦力上の均衡が必要ですが、北朝鮮にはそれが無いという点。そして北朝鮮の貧弱な「早期警報レーダー能力」です。

 米国による核攻撃に対応するためには探知能力が欠かせません。しかしとてつもない費用がかかるため、北朝鮮は現実的にこれを備えることができないというものです。

 そしてこんな北朝鮮の不安定さは「誤判断と誤認を呼ぶ可能性が高い」ため、逆に米国はより強力な先制攻撃を行う結果をもたらすというものです。

 ここまで来ると、おいおいそんな議論になってしまうのかと思わざるを得ませんが、現実的にはこんな形で対策を立てていくのでしょう。

 現実の可能性とは別に、北朝鮮がこうして着々と核の運用に関する訓練を積み重ねている動きについては恐ろしいものを感じます。

満足そうな金正恩氏。朝鮮中央通信より。

満足そうな金正恩氏。朝鮮中央通信より。

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◎国内での「宣伝扇動」強化を注文

 別に興味深い動きもありました。韓国メディアでもいくつか記事になっていたのですが、北朝鮮で4月20日から23日まで「朝鮮労働党第2次宣伝部門職員講習会」が開催されていました。

 宣伝部門というのは、党の思想や方針を人民班(住民組織)の集会などを通じ、住民全員に説明する役割を担うものです。

 24日の国営・朝鮮中央通信の記事を見ると、講習会は「党宣伝部門職員たちの思想精神と活動方式を一新し、党思想事業において明確で実際的な改進をもたらすための対策を立てること」を目的に開催されたとしています。他に「宣伝扇動事業にはっきりとした改進が見られない」ともあり、党の宣伝が住民にうまく届いていないという問題意識が読み取れます。

 目立つのは「思想戦」という言葉です。住民への思想注入が戦いであるという認識です。

 そのやり方は「敬愛する総秘書同志(金正恩)が全党と全社会の思想的一色化を新たな高い段階に高め、わが革命の主体的な力をより強化することを党の思想事業の基本任務、総的な方向に定め」という点から分かるように、全体主義そのものです。

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 肝心の中身はどうなのでしょうか。記事では一義的にこれを「人民大衆第一主義」としています。

文字通り住民を最優先にするというもので、これは金正恩氏が父・金正日氏の跡を継いで1年あまり経った13年1月に使い始め、21年1月に行われた直近の党大会では「労働党は人民大衆第一主義政治を社会主義の基本政治方式とする」と規定されています。

講習会の様子。朝鮮中央通信より。

講習会の様子。朝鮮中央通信より。

 その核心的な精神は「以民為天」とも称され、北朝鮮の憲法で金日成・金正日と結びつけられています。韓国の統一部ではこれを「金正恩体制が活用する核心的な正当化の機制である」と評価しています。つまり、住民に尽くしてきた伝統を受け継いだということです。

 ならば、一連の宣伝事業がうまくいかないのは、実際に住民第一主義が行き届いていないからでしょう。

 朝鮮労働党はそれを無理矢理に抑えつけようとしているようですが、それが簡単ではない事を、北朝鮮当局は既に知っていることでしょう。激しい統制に結びつくというのは当然の帰結です。

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 そうとはいえ、北朝鮮の内部で何が起きているのか、特に住民の生活はどうなっているのかという部分については、情報が極度に不足しています。

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