[第一号] 朝ロの「密着」と、大混乱の韓国政治
皆さん、アンニョンハセヨ。韓国から徐台教がお送りする一本目のニュースレターです。今号の目次は以下のようになります。お好きなところからお読みください。
◎『新・アリランの歌』第一号 目次
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南北関係:南は海、北は空、でも心は一つ
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朝鮮半島情勢:朝ロ関係「密着」が韓国に及ぼす影響
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韓国社会(1):教師の叫びが法律を変えるか
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韓国社会(2):メディアへの強制捜査がもたらす萎縮
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韓国政治(1):李在明のハンストから見える韓国政治の現住所
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韓国政治(2):文政権の「統計ねつ造疑惑」の狙いは文在寅?
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書評『朝鮮が出会ったアインシュタイン』
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あとがきに代えて
また、お読みいただいた感想をいただけるととても嬉しいです。ご覧のように、今回のニュースレターの分量は1万字を超えています。果たしてこれでいいのかと書きながら深刻に悩みました。
継続性のあるニュースの読み方(書き方)をどうするかについては、しばらく試行錯誤が続きそうです。
読みやすかったか、あるいはこんな改善点がある、といった内容を「コメント」の形でお寄せください。私だけが見えるようにも送れますし、誰でも見られるようにもできます。
◎南北関係:南は海、北は空、でも心は一つ
南北首脳は一歩も引かない姿勢を見せ続け、対決の機運を高めています。
韓国の尹錫悦大統領は9月15日、仁川(インチョン)港の水路で行われた『第73周年仁川上陸作戦戦勝行事』を主管、つまり仕切りました。
仁川上陸作戦とは朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の南侵により朝鮮戦争が始まってから約3か月後の1950年9月15日に、国連軍・韓国軍が行った作戦です。
当時、戦争を仕掛けてきた北朝鮮の猛攻により、韓国は領土の9割近くを失っていました。この情勢を挽回するために、国連軍が立てたのが約7万人の兵員をソウル西方にある仁川に上陸させる作戦でした。
作戦の成功により、国連軍・韓国軍は北朝鮮の補給路を遮断すると共に反攻に転じ、9月28日にソウルを奪還します。
言わば朝鮮戦争における一大転換点となった同作戦の成功を記念する行事は毎年行われてきましたが、大統領が参加したのはなんと、今年が初めてでした。
9月15日、韓国海軍の上陸艦の上で行われた記念式典に参加する尹錫悦大統領。韓国大統領室提供。
なぜでしょうか。その理由は大きく三つに分けられます。
一つ目は、北朝鮮へのメッセージです。
「私たちが大切に守った自由と平和は今ふたたび挑戦に直面している」、「強力な国防力を元に力による平和を構築し、自由民主主義を守護する」というこの日の発言にあるように、尹大統領は韓国を『明白な敵』と位置づけた上で軍備増強に余念のない北朝鮮に対し、強い危機感を持っています。
朝鮮戦争最大の作戦における成功(勝利)をアピールすることで、韓国は米国や自由主義陣営(国連軍)と共にあることを強調し、武力使用、とりわけ核の使用を断念させる狙いがあります。
二つ目は自由世界の一員としてアイデンティティの強調です。
尹大統領はやはりこの日、「堅い米韓連合防衛態勢を基盤とし自由、人権、法治の普遍的価値を共有する友邦国としっかりと連帯し、揺るがない安保態勢を構築していく」と発言しています。
尹政権の国家安保戦略の基調は「自由・平和・繁栄のグローバル中枢国家」です。
韓国はあくまで、北朝鮮やロシアとは異なる陣営に所属していることを明らかにすると共に、自由世界の一員として世界に寄与していく、そのために米国や日本との関係も重視するという立場を明確にしています。行事への参加は外交的なメッセージでもあるでしょう。
三つ目は国内向けの政治的アピールです。
「共産勢力とその追従勢力、反国家勢力たちは虚偽のでっち上げと宣伝扇動により、私たちの自由民主主義を脅かしている」と尹大統領は述べています。
これは8月15日の『光復節』演説での発言とかぶるもので、最近の尹大統領お気に入りのフレーズです。「共産全体主義」(この日もこの言葉を使いました)、つまり北朝鮮を信奉する勢力の存在を大きく見せ、警戒を呼びかけるものです。
尹大統領や与党の人士たちは近ごろとみに、政権に反対する者を一纏めで「共産全体主義」勢力と見なし排斥しかねない論理を構築しています。
北朝鮮との対話を主張することすら「反国家勢力」と問われかねないものであるため、時代錯誤だという批判が多く上がっています。
(参考記事ですが、後でゆっくりお読み下さい)光復節78周年、尹大統領の演説に浮かぶ4つの「破壊性」(リンク)
だが尹大統領はそんな批判もなんのその、仁川上陸作戦にかこつけ再び国内を敵と味方に分ける発言を行いました。一度やると決めたことは突き進む、そんな政策スタイルが浮かび上がります。
なお、尹錫悦氏は大統領候補時代に「パンチを避けるフロイド・メイウェザーと、愚直に殴られながらもKOを狙うマイク・タイソンとでは、どちらの政治スタイルを好むか」という問いに「タイソン」と即答しました。
次に北朝鮮の金正恩国務委員長です。
日本でも連日報じられているように、9月12日にロシア入りした金正恩氏は13日にアムール州にあるボストチヌイ宇宙基地でプーチン大統領と首脳会談を行いました。
その後、15日にはハバロフスク州で軍需工場を見学し、16日には北朝鮮と国境を接する沿海州へと戻りロシア軍の飛行場でロシアのショイグ国防長官と共に航空宇宙軍を視察しました。そして17日にロシアを出発し、帰国の途につきました。そろそろ平壌に到着する頃でしょう。
9月13日、ロシアのボストチヌイ宇宙基地で首脳会談を行う金正恩委員長とプーチン大統領。4年5か月ぶりの会談となった。写真は朝鮮中央通信より引用。
金正恩氏の訪露以降、18日12時現在まで北朝鮮・朝鮮労働党の機関誌『労働新聞』が発表した9件の動静記事によると、金正恩氏がロシアで訪問したのはボストチヌイ宇宙発射場(アムール州)、コムソモリスク・ナ・アムーレ飛行機工場(ハバロフスク州)、クネビチ軍用飛行場(沿海州)、太平洋艦隊基地(同)などとなっています。
金正恩氏が今回の訪露で何を得たのかは今後少しずつ明らかになってくるでしょうが、特徴としてはロケット、宇宙、航空機といった「空」への関心があります。
北朝鮮の空軍力は非常に脆弱である一方、金正恩氏の直下の関心としては今年に入り2度失敗している軍事衛星の打ち上げがあるとされます。また、ミサイルも選択肢の一つです。核兵器を搭載したミサイルを多角化することはそのまま、韓国や日本への直接的な圧力になります。
金正恩氏の一連の動向はまさに、北朝鮮の弱点を補強するかたちとなっており、自衛を建前にした軍事力増強を止めない金正恩氏の意志を明確に示していると受け止められます。
一方、公表されている限りでは、産業施設の視察は沿海州の食品工場に行ったのみでした。今回、朝ロ首脳が会合を持った目的は軍事協力にあるため当然といえるかもしれませんが、生活苦が伝えられる北朝鮮の住民はどう受け止めるでしょうか。
9月15日、南北首脳はそれぞれ海と空に目を向けていました。関心を持った分野は違えど、その心は「対決」という点で一致しています。南北首脳の勇ましい姿は実に寒々しいものがありました。
◎朝鮮半島情勢:朝ロ「密着」が韓国に及ぼす影響
次ぎに、ロシアと北朝鮮の首脳会談を見ていきましょう。
ボストチヌイ宇宙基地を共に見学したプーチン大統領と金正恩委員長は、90分の拡大会談、30分の単独会談のあと、晩餐会までを共にしました。4時間以上一緒にいたことになります。会談後には会見や共同声明が発表されませんでした。
ちょっと脇道に逸れますが、本ニュースレターの基調の一つとして「韓国の政治家や韓国社会は朝鮮半島情勢や世界の動きをどう見ているのか」を共有することがあります。
幸いにも似たような視点から今回の朝ロ首脳会談を分析したレポートが9月14日に韓国の国策シンクタンク(国営の研究機関)『統一研究院』から出たので、いくつか整理してみます。
統一研究院のホームページ。韓国の憲法3条「大韓民国の領土は韓半島とその付属島嶼とする」と、第4条の「自由民主的基本秩序に立脚した平和統一」を引用し、自身をアイデンティファイしています。基本的に政権の要求に応える研究をする機関ですが、信頼できる研究者が揃っています。筆者がキャプチャ。
レポートでは韓国の立場で考慮すべきポイントが3つあるとしています。
一つ目は、ロシア北朝鮮の連帯は当面、揺らぐことなく続くというものです。背景には米国に対する牽制を超え、敵対心を共有している点があるとします。
ロシアにとって北朝鮮はソ連時代からの地政学的な戦略資産であるためこれを回復しようと努力してきました。2014年にはソ連への債務の90%を帳消しにしましたが、経済協力はうまくいきませんでした。
これに比べ、今回の朝ロの「密着」は戦略的な次元からのもので、ロシアにとっては「同じ塹壕に入ったパートナー」を得る一方、北朝鮮にとっても体制を維持する助けを得るものとします。
米国という共通の敵に立ち向かい状況が長引くほど、朝ロの密着は続くだろうという指摘です。
二つ目は、ロシアが自らも賛成した国連安保理の対北朝鮮制裁決議や核非拡散体制を無視する場合、ロシアの国際的な位相は致命的な打撃を受けるとします。
すぐに予想できる首脳会談の成果としては、ロシアがウクライナ戦争で必要な砲弾と弾丸、通常兵器などを提供を北朝鮮から受け、その代価として食糧や石油を北朝鮮に支援することとしています。また、北朝鮮の労働者の派遣は労働力不足に悩むロシアが切実に望むものであるとも指摘しています。
しかし報告書は、こうした協力はすべて安保理制裁決議の違反であり、さらにロシアが北朝鮮の核・ミサイル開発を支援する場合、ロシアへの国際的な圧力が強まるだろうとしています。
三つ目は、ロシアと北朝鮮の密着が、中国・ロシア・北朝鮮の連帯に発展する可能性は大きくないものの、米中競争がどんな方向になるかによって、中国の選択は変わるという見立てです。
中国とロシアは2019年から朝鮮半島の周辺で軍用機の合同飛行訓練を行っており、今年7月には東海(日本海)上で合同海上訓練も行っていますが、これに北朝鮮が参加するかは分からないとします。
北朝鮮はこれまで韓国に対し「米国を引き入れる」と非難をしてきたからで「体制の正当性を損ねる可能性がある」と指摘します。
一方、中国にとって朝ロの接近は米中の葛藤(衝突の意)を複雑化させ、韓米日の安保協力を促進する可能性があるため避けたいものともしています。中露が北朝鮮を見る視点は完全に一致するものではない、ということです。
9月15日、コムソモリスク・ナ・アムーレ飛行機工場(ハバロフスク州)を見学する金正恩委員長。写真は朝鮮中央通信より引用。
報告書では最後に「核の使用を辞さない」とする朝ロの接近は今後、日米韓にとって前例のない挑戦になるが、現段階では過大評価する必要はないとしながら、韓国内の陣営論理を刺激する「心理戦の材料」として使われることを懸念しています。
韓国では実際に「朝ロの接近は韓国が招いた」という言説が進歩陣営を中心に出ています。こうした世論を知るロシアが「首脳会談の内容を韓国だけに知らせる」とするのは(実際にロシアの外務次官がこう発言しました)、韓日米の中で韓国を最も「弱い環」として見なしているからで、これに気を付けるべきとしています。
韓国の現政権に忠実な国策シンクタンクならではの内容といえますが、今後、韓国政府がどんな方向から朝露の接近を食い止めるべきかを示す、示唆的なレポートと言えるでしょう。
◎韓国社会(1):教師の叫びが法律を変えるか
先日、ヤフーニュースで韓国の教師たち数万人が週末ごとに大規模な集会を開き、教権(教師の権利)の保護を要求しているという記事を配信しました。
いわゆるモンスターペアレント(保護者)からの度を過ぎた要求に耐えかね、ソウル市内の20代のA教師が教室内で自死した事件がきっかけでした。
保護者からの要求への対応や生徒間のトラブルを教師に任せきりにする一方、加重労働、生徒のほとんどが学習塾に通い「先取り学習」をする中で失われる授業の意味など、韓国の教育界が抱える問題が一気に噴出した出来事でした。A教師の後にも自死する先生が続いたことで、大きな社会問題となりました。
(やはり参考記事ですが、後でごゆっくりお読みください)「私たちは生きたい、教師として生きたい」...‘クビ覚悟’で訴える韓国教育の担い手たち(リンク)
日本の教師たちも似たような問題を抱えているためか、この記事はSNSで非常にたくさんシェアされました。教師たちが「立法こそが解決」と訴えてきたこの動きはその後、どうなったのでしょうか。
9月4日、国会前で「教権の保護」を求める集会に参加する教師や市民たち。筆者撮影。
18日現在、『教権4法』と呼ばれる四つの法が、成立に向け進んでいます。「教員の地位向上および教育活動の保護のための特別法(教員地位法)」に加え、「初・中等教育法」、「幼児教育法」、「教育基本法」の改定案のことです。
法案には正当な教師の生活指導は児童虐待としないことや、保護者の教権侵害の禁止などが含まれています。いわば、教師の要求が全面的に反映されたもので、早ければ今週中にも国会本会議に上程され、可決・成立すると見られています。
韓国メディアを見ると、現場の声にきちんと声を傾けていれば死者を出すことがなかったと、国会の怠慢を指摘する教師の声が掲載されています。さらに、法案成立で終わるのではなく、制度として定着させる努力が要るとの声もあります。
こうした脈絡の下で、17日には二週間ぶりとなる集会が国会前で行われ、4万人(主催者発表)が参加しました。
上記の記事でも書きましたが、一連の集会への社会的支持はとても大きいと言えます。市民の行動が社会を変える一つの成功事例として記録されるでしょう。
韓国では16年秋から17年3月にかけての「ろうそくデモ」とその後の文在寅政権5年を経ても、格差や不平等といった問題が目に見えて解決されなかったため、「政治的効能感(政治参加の効果を実感すること)」の低下が指摘されています。
教師たちの集会がこれを打ち破るきっかけの一つになるかどうか、来年4月の総選挙に向けて「政治参加とは何か」を問う出来事と言えると思います。
◎韓国社会(2):メディアへの強制捜査がもたらす萎縮
もう一つ、韓国社会で注目の動きがあります。
9月14日、検察は三大日刊紙の一つ『中央日報』系列のテレビ局『JTBC』と、市民の寄付により運営される韓国屈指の調査報道メディア『ニュースタパ』のメディア2社を強制捜査しました。
理由は少し複雑なのですが、22年3月9日の大統領選挙の直前にさかのぼります。
当時、文在寅大統領の後釜として共に民主党から立候補していた李在明(イ・ジェミョン、現同党代表)には、「大庄洞(テジャンドン)疑惑」と呼ばれる地域開発で業者に不当な利益を与え、地方自治体に損害を与えた疑惑が持ち上がっていました(この疑惑については今も裁判が進行中です)。
そして前出の両社はこの開発業者の一人に過去、検事時代の尹錫悦候補(当時)が便宜を図ったという旨の報道を行いました。李在明氏への疑惑がそのまま尹錫悦氏に向かう可能性もあった驚きの内容でした。
選挙は尹錫悦氏の勝利に終わりましたが、検察は二社の記事を虚偽の報道であると共に、尹氏を誹謗する目的で行われたもので尹氏への名誉毀損にあたるとし、強制捜査を行ったという次第です。
特に『ニュースタパ』の記事の元になったインタビューでは、日本円で1000万円以上のお金が動いたとされ、同社の信頼性が揺らいでいます。この事件は始まったばかりなので今後の推移を見守ることになりますが、一方で重要なのはメディア本社や記事を書いた記者の自宅までも強制捜査の対象になったということです。
事態に接した他社の記者はSNSで「メディアへの強制捜査はこんなにも簡単なのか」と述べるなど、メディアの懐に手を突っ込む尹錫悦政権による強権を前に、批判を覚悟で事実を探るべきメディアの萎縮につながる危険性が指摘されています。
『ニュースタパ』では「尹錫悦政権のニュースタパ弾圧」と位置づけ特集を組んでいます。同社サイトより引用。
進歩派系日刊紙の『京郷新聞』はさらに「全てを明かす」という検察の追及は「取材源の秘匿」というジャーナリズムの原則の毀損をもたらす可能性があると、事態の深刻性を取り上げています。これは結局、国民の知る権利が侵されることになると、警鐘を鳴らしています。
韓国の記者で構成される団体は尹政権を批判する声明を出しています。他方、英国オックスフォード大学付属ロイタージャーナリズム研究所による最新の調査『デジタル・ニュース・レポート2023』によると、韓国のニュースに対する信頼度は28%で、アジア・太平洋地域の中では最下位、調査対象46か国のうち、下から4番目となっています(日本は42%)。
ニュースに対する低い信頼度をどう回復させるのかも課題となっており、韓国のジャーナリズムは前途多難と言えます。このテーマに関しても継続的に追っていきます。
◎韓国政治(1):李在明のハンストから見える韓国政治の現住所
次は韓国政治です。
ここまで5000字超えと分量が多くなっていますが、第一号ということもありひとまず書きたい内容を入れてみようと思います。ゼロからのスタートのため情報の蓄積がなく、長くなるのは仕方がない側面もあります。
韓国政治で大きな波乱を呼んでいる動きはやはり二つあります。
一つ目は、最大野党・共に民主党の李在明代表のハンストです。今日9月18日朝7時過ぎ、李代表は健康の悪化(意識の混濁)を理由に病院に移送されました。ハンスト開始から19日目でした。
ハンストを始めるにあたって李代表は以下の三つの目標を掲げました。それぞれ解説を付けておきます。
(1)大統領は民生を破壊し民主主義を毀損したことを国民に謝罪し、国政の方向を国民中心に転換せよ。→(解説)尹大統領や与党が、李在明氏率いる共に民主党や他の野党との協議をほぼ行わず、国政を独断で決めているという批判です。
(2)日本の「核汚染水」放流に反対の立場を明かし国際海洋法裁判所に提訴せよ。→(解説)福島原発処理水放流に対する韓国政府の公式の立場は「賛成や支持ではない。安全性が担保されない場合は反対」という曖昧なものです。これを明確にせよという要求です。
(3)全面的な国政の刷新と改革を断行せよ。→(解説)具体的には政権ナンバー2の国務総理の更迭を求めるものです。16日に共に民主党は総理の更迭を求める旨を明言しました。
いずれも尹大統領の行動を促すものですが、尹大統領はこれをまったく取り合っていません。大統領室は李在明氏のハンストに対し「特に話す内容はない」という対応で一貫しています。
当初、李代表のハンストは党内からも半信半疑で見られていました。「過半数を超える議席があるのに、なぜハンストなんだ」という声が大きく、初日から「やめ時をどうするのか悩ましい」という否定的な声が聞かれました。
ハンスト5日目の李在明氏。9月4日、筆者撮影。
今もこうした視線はあるのですが、それでもハンストが二週間を超え、横たわったままの李氏の姿が公開されると、同情論が増えてきました。党内を結束させる役割は果たしたという評価が一般的です。
一方で、「政治不在」を嘆く声も日増しに大きくなっています。
与党・国民の力、特に金起炫(キム・ギヒョン)代表は李氏のハンストに嘲笑を送り続けてきました。前項で触れたような裁判を逃れるための「ショー」や「防弾ハンスト」と名付け無視してきました。ついにハンストの現場を訪れることはありませんでした。
こうした態度を前に、「いつから韓国政治はこうなってしまったのか。曲がりなりにも最大野党の党首がハンストしているのに、与党代表が現場に訪ねていかないなんて」という指摘が、与党のベテラン政治家などから上がっています。
実は、韓国政治の分断は深刻だという声は私もたくさん聞いています。象徴的なものが「もはや飯も一緒に食わない」というものです。
以前は所属政党が違えど、一緒に食事をしながら意見交換をしたものが、今では全くそういう習慣が無くなってしまったというのです。時期は19年夏の曺国(チョ・グク)氏の法務部長官就任をめぐり検察と青瓦台(大統領府、当時)の争いが勃発した頃です。
今やこの「政治家の分断」はラジオなどでもたくさん語られるようになり、秘密でもなんでもなくなりました。諦めが漂っています。
18日朝に入院した李在明氏のハンストは、病院内で続く可能性があるとも言います。過去、金泳三(後の大統領)氏がハンストを行った際には病院で点滴を受けながらハンストを続けたことがあります。
ハンストがどうなるか、予断を許さない条件がもう一つあります。18日午前、検察は李在明氏の逮捕状を請求しました。
嫌疑は14年4月から17年2月にかけて前述の「大庄洞」とは別の地域の開発で業者に便宜を図り、当時市長を務めていた城南(ソンナム)氏に最低でも20億円以上の損害を与えたという背任の他に、北朝鮮訪問の対価として、ある企業に800万ドルを北朝鮮に送金させた収賄などです。
現役議員である李在明氏は不逮捕特権があるため、国会本会議で逮捕同意案が可決されてはじめて裁判所で令状を審査することになります。
21日に国会で票決される見通しで、こちらも目が離せません。なお今年2月に別の嫌疑により逮捕状が請求されましたが、当時国会で逮捕同意案は否決されています。
◎韓国政治(2):監査院「文政権下で統計がねつ造」...狙いは文在寅?
次に大きな騒ぎとなっているのが、文在寅政権時代の統計ねつ造疑惑です。
15日、監査院はその間行ってきた、文在寅政権下での住宅・所得・雇用などの分野で国家の統計の作成・活用の適正性をチェックした結果を発表しました。
監査の結果、大統領秘書室と国土交通部などが、統計を作成する統計庁と韓国不動産院を直接・間接的に圧迫し、統計の数値をねつ造したり統計叙述情報を歪曲するなどの各種の不法行為を行っていたということです。
監査院はこれに対し「統計法」の違反、職権濫用、業務妨害などの犯罪行為があるとし、確認された関係者22人について13日、検察に捜査を要請しました。また、あくまでも中間報告で、今後は最大限早期に監査委員会の議決を経て監査結果を確定させるというものです。
22人の中には文在寅政権下で政策室長という要職を努めた4人が全て含まれています。政策室長とは、青瓦台(大統領室)の経済政策を一手に握る責任者です。他に政策室長の指示を受ける経済主席秘書兼や雇用首席秘書官、国土交通部長官や統計庁長なども含まれています。
監査院側は会見で、「青瓦台は2017年から21年まで最低でも94回、韓国不動産院の統計作成において、不当な影響力を行使し、統計数値をねつ造した」と明かしています。
この94回という回数について聯合ニュースは監査院の関係者の発言を引用し「資料と証拠を通じ立証された最も客観的な介入事例」で説明を付け加えています。
統計ねつ造の一例として監査院は、住宅価格を挙げています。
政策室長が国土交通院に対し、毎週火曜日に発表していた住宅価格の変動率の「確定値」を公表する前に、「週中値(金曜日)」や「速報値(月曜日)」を報告させ、週中値が速報値や確定値よりも上回る場合にはその理由の説明を要求し圧力をかけたというものです。また後に、週中値も実際より低くなるよう、ねつ造の指示を下したとしました。
さらにこうした行為が続く中で、韓国不動産院は19年2月から20年6月までの70週間の間、不動産価格の全く調査を行わず、予測値を週中値として報告していたのことです。
国会での国政監査において統計への疑いが提起されるや、同院は統計の修正を試みるも今度は「急騰」となり(過去のものが不当に低くなっていたため)、今後は過去のものを高い数値に入れ替えるといった「悪循環」があったいうことです。
文在寅前大統領は現在、慶尚南道(キョンサンナムド)梁山(ヤンサン)市の住居脇で書店を運営している。文在寅氏のFacebookより引用。
19年11月には警察庁に統計ねつ造に関するタレコミがありましたが、青瓦台がこれを隠ぺいしたとも、監査院は指摘しています。
所得統計に対しても、17年第一四半期から第四四半期まで『所得5分位倍率(上位所得20%の平均値を下位20%の平均値で割ったもの。数値が大きいほど所得不平等が高いと見なされる)』が悪化を続けたにもかかわらず、これを改善されたように公表したと監査院は明かしました。
この過程で「標本に問題がある」とする青瓦台と統計庁が衝突し、統計庁長が更迭される事態にまでなりました。
背景には文在寅政権が当時、政権の目玉政策の一つとして最低賃金を上げることで経済成長を導くという『所得主導成長』を掲げていたことがあります。
雇用の統計に対しても青瓦台の介入があったと、監査院はこの日明かしました。19年に非正規雇用が前年比87万人も急増したことについて、青瓦台は統計庁に対しこれを「35万~50万人」と虚偽の説明をするように指示したということです。
監査院の発表が行われるや、統計庁はすぐに謝罪のコメントを出しました。
一方で、政界は真っ二つに分かれて相手への批判を行っています。
与党・国民の力は「国政ろう断」という言葉を使い文政権を批判しました。この表現は韓国で朴槿惠大統領の弾劾(17年3月)を想起させる最大級の問題提起と言えます。文政権を担った最大野党・共に民主党は「決断ありきの切り取り監査だ」と反発しています。
そうした中で、与党の攻撃の矛先は明確に文在寅前大統領に向かっています。与党の金起炫(キム・ギヒョン)代表はFacebookに「文在寅大統領に尋ねます。(大統領の)名義だけ貸していたのですか、それとも主犯でしたか」と書き、敵意を剥き出しにしました。
文在寅氏も論争に飛び込みます。17日にFacebookで文政権の雇用労働政策を評価した報告書を引用し「雇用率と青年雇用率は史上最高だった」とし、非正規雇用と賃金格差の減少などの成果を列挙し反駁しました。一方で、監査院の発表についての直接の言及はありませんでした。
文氏は19日、ソウルで南北関係に関するシンポジウムに参加することになっており、その動きが今後も注目の的になるでしょう。
この一件からは「もはや韓国社会に『真実』はなくなってしまったのではないか」という懸念を持たざるを得ません。
検察総長出身の大統領により、検察がより一層の権力となっていると見なされ、その公正さへの疑問が持たれる一方、あらゆる問題が政治的な陣営対立に還元されてしまうため、何が真実なのかを市民が判断するのは容易ではありません。
こうした傾向は特に、来年4月に総選挙(300議席の総入れ替え)を控えていることもあり、ピークに達しています。何を信じてよいのか分からないという「宙ぶらりん」の状態は、韓国の民主主義を蝕んでいくでしょう。
◎書評『朝鮮が出会ったアインシュタイン』
歴史に対する温かな視線
良い本にどう巡り会うのか。経験上もっとも可能性が高いのは本屋に陣取り、興味をそそられる本を手当たり次第に開いては冒頭部分を読んでみることだ。時間が許すならばこの方法で100パーセントの満足度が得られる。
他方、良い本の定義は簡単ではない。人それぞれ趣向が異なるからだ。それでも敢えて挙げると「今の欲望を満たしてくれる本」「ちょうど知りたかったことを教えてくれる本」「今まで知らなかった世界や感情を経験させてくれる本」とでも定義できるかもしれない。
この定義に従う場合、本書『朝鮮が出会ったアインシュタイン』こそは誠に良い本であった。もっとも、その存在を知ったのは知人のSNSだった。なんのこっちゃ、という話であるが仕事や家事、子どもの世話に愛犬の散歩と忙しい私には、本屋で長時間本を選ぶなどという贅沢は許されていない。
新聞の書評も購読紙以外は見ることもないため、たまにSNS上に流れてくる本の紹介に釘付けになる。特に信頼できる「書籍眼」を持つ人物の投稿ならなおさらだ。本の内容を楽しげに一通り紹介したその投稿の最後には「もっと、もっと知らなければならない!」とあった。知りたい欲望を刺激する本とは最高ではないか。
現代は『조선이 만난 아인슈타인 -100년 전 우리 조상들의 과학 탐사기』。2023年8月15日に発売された。
本書は国を奪われた朝鮮の知識人と科学との結びつきを、1895年から1953年までという、朝鮮半島の今を形作った時代を背景に俯瞰的な視点から書き綴った一種の群像劇だ。
この間、朝鮮は大韓帝国となり、その後は日本による植民地となった。そして植民地からの解放後に米ソにより南北に分断され、1948年に成立した二つの政府が戦いを繰り広げ今に至るのだが、思い通りにならない歴史を前に懸命に生きた当代の知識人たちの姿が胸を打つ。
植民地朝鮮の知識人は、国を持たないユダヤ人の境遇に己を重ねたという。とりわけ、ヘブライ大学の設立に尽力したアインシュタインの存在は特別だった。
科学に造詣がある知識人たちは新聞を通じ相対性理論をいち早く朝鮮社会に紹介するかたわら、1922年に『改造』社の招請により日本を訪問したアインシュタインの動静を伝え、翌年には朝鮮各地で住民を対象に巡回講演まで開いた。
科学力が足りずに国を奪われたという認識がある中で、相対性理論を人々に知らせることは一種の独立運動でもあった。講演会場では社会主義者による住民への演説もあり、(朝鮮総督府の)警察と衝突した記録も言及されている。
他方、本書の中で1937年のものと紹介されている一枚の写真がある。
ビナロン(ビニロン)研究で有名な李升基(リ・スンギ)、朝鮮人で初めて化学を専攻した理学博士・李泰圭(イ・テギュ)、そして種の交雑研究で名高い禹長春(ウ・ジャンチュン)の3人が映っているものだ。いずれも日本で博士号を取得した彼らだが、後に李升基は北朝鮮へ、李泰圭は米国へ、禹長春は韓国へと渡り科学を突き詰めていく。著者は彼らの姿を通じ朝鮮半島の現代史を鮮やかに浮き彫りにする。
数十人に及ぶ本書の登場人物の中で、著者が最も重きを置いた人物が黄鎮南(ファン・ジンナム)だ。現在の北朝鮮、咸鏡南道で1897年に生まれた同氏は米国で学ぶ中で独立運動に関わり、その後ドイツで学業を続ける中でアインシュタインに学び、その理論を朝鮮社会に紹介した。1945年の解放後は呂運亨(ヨ・ウニョン)と共に左右合作運動を行うも、1970年に沖縄で一人さみしくその生を閉じた。
なぜ沖縄なのかはここでは明かさないが、本書から強く感じるもう一つのテーマは、日本と朝鮮知識人の関連性だ。朝鮮知識人は日本に学び、そして日本からの独立を目指した。
この複雑なアイデンティティについて、著者の閔泰基(ミン・テギ)は歴史に対する温かい視線という土台の上に、多様な資料や人物間の関係を構築することで、善悪という価値判断を排したありのままの姿として表現することに成功した。
自身も博士号を持つ科学者である閔泰基は、前作『パンタ・レイ(未邦訳)』でもその博覧強記ぶりを見せつけたが、本書により縦横無尽風とも評すべき作風を確立したと言えるだろう。
私はこの本に惚れ込み、閔泰基氏のブックコンサートにも参加してみた。楽しそうに話をする著者の姿からは心底、歴史と知識に対する敬意を感じたものだった。私の手でぜひ翻訳したい一冊といえる。
著者の閔泰基さん(右)。学生時代から本を読みまくっていたという。筆者撮影。
◎あとがきに代えて
ニュースレター第一号、いかがでしたでしょうか。本来は映画評『コンクリート・ユートピア』まで入れようと思ったのですが、さすがにやり過ぎだと思い、別途書くことにしました。
冒頭でも触れたように、どんな形のニュースレターが良いのか、ご希望の点や改善点などをお送りください。
ツイッターの一方通行性(というか、差別的なリプライの多さ)には愛想が尽きていますが、ニュースレターの中では読者の方々と意思の疎通を積極的に行っていこうと考えています。
次号は24日(土曜日)です。何かリクエストがあればそちらもお送りください。
そうそう!ぜひ周囲の方に本ニュースレターをオススメしてください!それではまた!
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