【全文無料公開】世界最低の出生率にお手上げ、陰謀論とアンチフェミニズム、尹大統領は「裸の王様」?、グルメ、書籍紹介など全12トピック
(12月6日)サポートメンバーと無料登録会員の皆さん、アンニョンハセヨ。
ニュースレター第21号をお届けいたします。今号は会員ではない方々に触れていただけるよう、月に一度の全内容無料号となっています。ご覧いただき、たくさんの方に紹介していただければと思います。
今号の目次は以下の通りです。お好きな記事からお読みください。
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韓国社会(1):世界ダントツ最下位、合計出産率「0.7」にもはやお手上げ?
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韓国社会(2):「男性器を卑下」指の形をめぐる論争は、ゲーム会社の責任を問う方向へ
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韓国社会(3):放送通信委員長の辞任で「言論への介入」にブレーキ?新たな候補はまたしても検察!
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韓国政治(1):「EXPO敗退」が浮かび上がらせた尹錫悦大統領の未熟な政治スタイル
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韓国政治(2):最側近に有罪、最大野党・共に民主党の李在明代表に焦り?
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ショートニュース:(1)映画『ソウルの春』の観客が500万人を突破、(2)全斗煥元大統領は住民の反発で安葬できず、(3)韓国の麻薬検挙者が2万人を突破、(4)尹大統領が労働者を守る法律に通算三度目の拒否権を行使、(5)文在寅政権時の選挙介入に有罪判決
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グルメ紹介:『ナムド韓国料理ジョンドゥンニム』
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書籍紹介:『1945年、26日間の独立』
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あとがきに代えて:「まとめ」を超えて
◎韓国社会(1):世界でダントツ最下位、合計出産率「0.7」にもはやお手上げ?
韓国社会における最も重要な問題は何か?と聞かれる場合、私は格差、つまり社会で公正性が担保されていないことが問題だと答えますが、実際には少子化を掲げる人が多いでしょう。
韓国の統計庁は先月29日、人口動態に関する定期レポートを公開しました。その中で第三四半期の合計出生率は「0.7」とされ、韓国メディアで大きな騒ぎとなっています。
合計出産率とは「15歳から49歳までの女性が生涯に産む子どもの数」を表すもので、世界で出生率を比較する際に最も多く用いられる数値です。
00年の合計出生率は1.47でしたが、22年には0.78まで落ち込みました。さらに今回0.7まで下がり、わずか20年で半減したことになります。
なお、22年の第三四半期は「0.8」でした。このように落ち込む速度はとどまることを見せず、「第四四半期には0.6台にまで落ち込む」という予測もあります。競馬じゃあるまいし、嫌な予測です。
人数でいうと2023年の第三四半期に生まれた子どもは5万6794人。前年同時期と比べ11.5%のマイナスですが、数値にすると本当に減っているんだなあと思います。
韓国の合計出生率は世界の主要国OECDとの比較でも、圧倒的な最下位となっています。平均の半分しかありません。OECDは韓国の低出生率がこのまま維持される場合、2030年には韓国の潜在成長率は0%台に落ちると警告しています。労働人口が足りなくなる、ということです。
この惨状とも呼ぶべき事態について2日、米紙『ニューヨークタイムス』に掲載されたコラム「韓国は消滅するのか?」では「14世紀の黒死病(ペスト)よりも早い速度で韓国の人口が減少する」と指摘しています。
コラムでは2060年には人口が3500万人未満に減るとし、経済の急激な衰退を受け入れるか、現在の欧州を超える規模での移住者を受け入れる他にないと指摘します。軍隊を維持できなくなる場合、北朝鮮の侵略を受ける可能性があるとまで!
理由について、敢えてここで触れる意味はないかもしれませんが引用してみると、▲残忍な学歴社会、▲結婚率の低下、▲若い男女のフェミニズムについての葛藤(衝突)による政治の再形成を担う世代が二極化、▲若者男性のバーチャル(ゲーム)への傾倒などがあるとします。なるほどな、という感じです。
コラムは米国にもこうした傾向が見られるとし、反面教師とすべしと結んでいます。
しかしここで知っておかなければならないのは、韓国の出生率の低下は昨日今日はじまった話ではないということです。
韓国政府はこの問題に05年から取り組んでおり、ここ数年はずっと低出生率の問題が大きく取り上げられています。
私も2年前にヤフーニュースに「『100年後には人口半減』…主要国最低の出生率、韓国社会が直面する"八方塞がり"の大問題」という記事を寄稿しましたが、大変多くの方に読まれました。
06年から20年まで韓国政府が低出生率対策のために使った予算は約225兆ウォン。現在のレートでは約24兆円に達します。これが何の効果ももたらさなかったという「怖さ」があります。
上記の記事でも低出生率の理由について詳細に書きました。政府機関の資料では以下のように説明しています。
(1)社会経済的な要因
-労働市場の格差拡大と非正規職などの不安定な雇用の増加。青年層が好む大企業や公共部分の正社員などは全体の雇用の20%しかない。所得の不安が結婚時期の遅れや出産の延期・放棄の要因に。
-教育での競争の深化。労働市場での格差が就職競争と教育競争の激化を招き、非婚・晩婚の要因に。さらに、子女の教育の負担を増加させ、教育機会の不平等が増加。
-高騰する住宅価格。過去20年で2倍に上昇。住居費用の増加は消費支出の余力を減少させ、結婚の障害に。
-性差別的な労働市場。女性は労働者として生き残るために結婚や出産を忌避。出産後のキャリア断絶に直面。子育てに関するインフラは拡大されたが、システムに問題。子どもを任せる場所がない。
(2)文化・価値観の側面での要因
-伝統的で硬直した家族規範と制度が続いている。社会では一人家庭や、一人親家庭が増えるなど婚姻と家族に対する観念が変化しているのにもかかわらず、家族に関する法律や福祉制度は「法律婚中心の正常家族」が根幹に。多様な家族と児童に対する包容と尊重が不足。
-共働き家庭は46.3%(18年)にもかかわらず、育児は女性の仕事という保守主義の存在。出産と共働きの両立が困難。
(3)人口学的経路
-過去の産児制限政策で女性人口(15~49歳)が減少。25~34歳までの主出産女性人口が1995年から2019年の間に105万人減少。
-初婚年齢の上昇および初産年齢の上昇で妊娠可能期間が縮小。
おいおい、全部問題じゃないか!というのが率直な感想です。
それもそのはず、低出生率というのは韓国社会の問題を煮染めた結果生まれたもので(ニュースレターの読者の皆さんには「社会問題のピビンバ」と言った方が通じるかもしれません)、既に簡単に解決できる水準を大きく超えているということです。
前出の記事で引用したソウル大学の専門家は韓国の激しい競争社会を取り上げながら、「(競争に生き残るための)生存本能が子どもを産もうとする再生産本能よりも先立つ」と断じています。
私も二人の子(中2と小4)を育てる親として、日々教育の問題に直面しますが、本当にもう、この無限競争の社会はあまりにも過酷です。
子どもには競争の枠内での自由だけが与えられており、その枠組みを外れる場合にはほとんどの場合ドロップアウトです。勉強は塾で教わるもので、学校はもはやその意味を失いつつあります。
実は私の長男もそんな学校の姿勢に問題意識を持っており、学校になかなか行きたがりません。もしかしたら私が普段ブーブー韓国社会に文句を言っている悪影響かもしれず悩ましいのですが、いずれにせよ私も「本でも読もうか」ということしかできません。お手上げです。
話を戻します。そういえばこの「お手上げ感」も問題だという記事もありました。
もう助けてくれよ!という声しか出ませんが、保守紙『東亜日報』は1日付けの社説で、韓国社会には「低出産の問題には百薬が無効という考えが社会全般に広がっている」と警告しました。
鋭い指摘です。確かにこの話題が知人との会話に上ることは多いですが、乾いた笑いだけが残るからです。
私がよく見る韓国の地上波『SBS』のニュースでも4日、この話題を取り上げていましたが「勤労所得でマンションのチョンセ(全額保証金で家を借りる韓国独特の制度)金を払えなくなった時点」である16年や17年が転機だったとし、「構造的な問題がある」と言うにとどまりました。もはやメディアも何ら解決策を出す事ができません。
いったいどうすればよいのでしょうか。
そこで、もう一度この問題を日本の読者の皆さんとイチから考えてみることにしました。日本のNHK教育テレビにあたる韓国の公営放送『EBS』が今年6月から7月にかけて放映したドキュメンタリー10部作『人口大企画―超低出産』を見ていきます。次号から始めていきます。
◎韓国社会(2):「男性器を卑下」指の形をめぐる論争は、ゲーム会社の責任を問う方向へ
韓国最大手のゲーム会社「NEXON」の下請け制作会社「スタジオ・プリ」が作った広報アニメで、登場する女性キャラクターが男性器の小ささを卑下する指の形を作っていたと男性ユーザーが指摘し始まった大騒ぎ。
各社が似たような指の形が含まれた映像や画像を一斉にネット上から削除したことで、ゲーム・アニメ業界による男性ユーザーへの過度の配慮が話題になりました。
また、この指の形が今は閉鎖された女性主義サイト『メガリア』から出てきた経緯から、男性ユーザーが批判の根拠を「男性嫌悪」としたことで韓国社会に根強いアンチ・フェミニズムの存在が浮き彫りになりました。
問題の発端となった映像のワンカット。この指の形が韓国男性の性器の小ささを揶揄するものとして一部で受け止められました。
先週の第19号では、男性嫌悪というユーザーからの批判を無条件に受け入れた「NEXON」が「スタジオ・プリ」に法的な対応までちらつかせながら責任を強く問い、件のシーンに関わったとされる女性デザイナーA氏が辞職したところまでお伝えししました。しかし、その後大きな動きがありました。
先月30日、進歩紙『京郷新聞』は件のシーンを「スタジオ・プリ」ではない別会社に務める40代男性アニメーターB氏が作画したと明かしました。B氏は締め切りに間に合わせるために雇われたいわば助っ人でした。また「スタジオ・プリ」でこの作画を監修したのも50代男性であることも突き止めました。
辞職に追い込まれた女性デザイナーA氏が作品に関わっていたのは事実ですが、件のシーンとは無関係でした。A氏は自身のSNSにフェミニズムに関する投稿をしていたことから、男性ユーザーの「的」になったということです。ネット上にはA氏のカカオトークのプロフィール写真も公開され、ネットリンチが行われています。
同紙はまた、一か月の間「スタジオ・プリ」と「NEXON」が動画に関してやり取りする中で、件のシーンの存在をNEXON側も周知しており、この過程で特段の問題提起がなかったとも報じています。
同じ記事内で韓国最大の労組の集合組織『全国民主労働組合総連盟(民主労総)』傘下のIT労組の副委員長は「NEXONがこの問題を『男性嫌悪』としたことで、すべての責任を下請けに押しつけたもの。基礎的な事実関係も(下請け側に)確認しなかったことは、NEXONも積極的に思想検証をするという意味」と事態を読み解いていました。
なお「思想検証」というのは、ゲーム会社に勤める職員がフェミニズムに共感する思想・信条を持っていないかをSNSなどを通じチェックすることを指します。言うまでもなく、個人の自由を踏みにじる行為です。
こうした事実が明らかになる中で、正義党の張惠英(チャン・ヘヨン、36歳)議員が自身のFacebookに「フェミニズムへの魔女狩りがこんなにもひどくなったことに政治も重大な責任がある」と書き込みました。
そして「反フェミニズムに便乗する政治の中心」に与党前代表の李俊錫(イ・ジュンソク、38歳)氏がいると指摘しながら、今回の一件に対し李氏が立場を明らかにすることを求めました。
李俊錫氏は本ニュースレターでも何度も取り上げてきたように、来年4月の総選挙における政界再編の動きの台風の目となっている人物です。李氏は今日までこの呼びかけに応えていません。
『京郷新聞』はその後も継続的いこの話題を取り上げています。4日には「スタジオ・プリ」のキム・サンジン総監督や同社のチャン・ソニョン代表、そしてデザイナーA氏へのインタビューを報じました。
記事は当時の作業工程を示すイメージも含まれる詳細なもので、キム監督はこの中で改めて「制作システム上、A氏が意図を持って単独で特定の作画を挿入することは不可能である」旨を明かし、指の形は手を開く過程で自然に入るものであることを強調しました。
一方で、チャン代表はこの件が話題になる中で会社に批判する男性たちが押し寄せ、A氏を探し職員たちの写真を撮りそれをネット上に公開するといった行動があったため危険を感じたとも明かしています。事務所のドアを叩く者もいたそうです。
A氏もまた一連の騒動の中で不安を感じ、食事も喉を通らなかったと述べています。なお、A氏の辞職は「スタジオ・プリ」が同氏を守るために発表したもので、現在も籍を置いているそうです。
今回の一連の問題の本質は、「陰謀論」に基づく男性ユーザーによる「フェミニズム叩き」と、それにひれ伏した最大手ゲーム会社「NEXON」とゲーム業界の文化にあるという見方が一般的です。
これについてやはり『京郷新聞」は5日付けの社説を通じ、改めてこの問題を取り上げました。その中で、フェミニズム叩きを助長し労働者の権利を無視した「NEXON」社を「ゲーム業界の思想検証と嫌悪を誘発してきた企業」と批判し痛烈な反省を求めたのです。
また、政府に対してもゲーム業界で繰り返される女性嫌悪に対し、勤労監督を強めるべきと要求しました。
なお、ソウル地方雇用労働庁は今月4日から31日にかけて、「NEXON」を含むソウルにあるゲーム制作会社10社に対し「顧客応対労働者などの保護措置に関する特別点検と自律点検の指導を実施」すると明かしています。
同紙はこの指導について「ゲームを利用する悪性ユーザーたちによる暴言などの嫌がらせから労働者を保護するために作られた」と今回の一連の出来事の上に決定されたものであるとしています。
◎韓国社会(3):放送通信委員長の辞任で「言論への介入」にブレーキ?新たな候補はまたしても検察!
ニュースレター第13号で、日本のNHKに相当する公営放送『KBS』に就任した新社長が政府に批判的な声を封じるような動きを見せ、野党や現場から尹政権による「言論への介入」という問題が提起されていることを伝えました。
そしてその際に、介入を可能にする制度として『放送通信委員会』の存在があると説明しました。韓国の公営放送KBSとMBC両社の理事の任命権を持つ政府組織です。
5人の委員で構成される同委員会において、この内2人を大統領が、1人を与党が推薦できるシステムになっているのです。その気になれば、政権側が影響力を行使することが可能になっています。
一方でここ数か月のあいだ同委員会はいびつな運営が続いていました。8月25日に新委員長になった李東官(イ・ドングァン)氏と理事一人という二人体制ですべての案件を議決してきたのです。野党側が推薦する人物を尹大統領が任命していない「作為」が背景にあります。
来年4月の総選挙を控え、言論メディアへの影響力を強めたい政権の明らかな意図が存在するということです。
さらに李東官氏は過去の李明博(イ・ミョンバク、08年2月~13年2月)政権時代から言論への介入を行っていたいわくつきの人物であったことから、野党や市民団体、言論メディア関係者の労組は李氏は「高度の中立性と独立性が要求される」(市民団体)同職にふさわしくないと批判を強めてきました。
なお、李氏が李明博政権時代に言論メディアに介入した事実は、当時の資料が公開される中で証明され、揺るぎないものとなっています。ちなみに、9月に就任したKBSの新社長も李東官氏と極めて親しい人物です。
李東官氏(右)。大統領室提供。
一度目の弾劾発議はお流れとなりましたが、先月30日、最大野党・共に民主党は李東官氏に対する二度目の弾劾発議を行いました。12月1日に国会での議決が予定されていたところ、直前になって李氏が辞意を発表し、辞任となりました。
李氏はこの日の記者会見で「ただひたすら国家と人事権を持つ大統領のための忠正から辞任するもの」と明かし、弾劾が可決される場合(共に民主党は議会で過半数を占めるため可決できる)に、憲法裁判所での審理に数か月がかかることから、こうした「放送通信委員会の植物状態」を防ぐための決断だったことを強調しました。
野党側はこの辞任に対し「インチキだ」という立場です。弾劾という事態を防ぐことで尹大統領は別の人物を新たに任命できるようになったからです。
そしてこの見立てを証明するかのように、尹大統領は6日、新たな委員長として現在、国民権益委員会で委員長を務める金洪一(キム・ホンイル、67歳)氏を指名しました。
この金氏、なんと検察ひと筋の人物で言論メディア関連のキャリアは「ゼロ」。09年から11年にかけては、やはり検事だった尹大統領の直属の上司だった人物です。
進歩紙『ハンギョレ』によると同委員会が発足した08年以降、7人の委員長がいた中で言論メディアの経験が完全にない人物は初めてだそうです。
このため早くも野党からは「検察は万能ですか?」、「専門性もないのに放送メディアを掌握する意図だけで進められている人事のようだ」と批判が上がっています。
金氏の登場により、次のターゲットはKBSと並ぶもう一つの公営放送MBCだと見られています。そうでなくとも7月、金氏は国民権益委員会を通じMBCを運営する『放送文化振興会』の理事長と理事が請託禁止法を違反した疑いがあるという調査結果を発表し、『放送通信委員会』に事件を移管していました。
今後もし、委員長に就任する場合にはこの事件を扱うことになり、MBCの激震は避けられません。さっそく「調査だけでなく裁くことまでするのか」と批判する声がMBCの労組から出ています。
今後は人事聴聞会が国会で開かれ、野党との間で激しいやり取りが予想されます。来年4月に選挙を控え、放送メディアの主導権をめぐる争いはまだまだ続きそうです。放送通信委員会の正常化が待たれるところです。
◎韓国政治(1):「EXPO敗退」が浮かび上がらせた尹錫悦大統領の未熟な政治スタイル
11月29日未明に発表された2030年EXPO開催地。サウジアラビア・リヤドに決まり、イタリア・ローマと共に争っていた韓国・釜山(プサン)市は2位となり落選しました。
しかし問題は、リヤド119票、プサン29票という圧倒的な票差にありました。今年に入り、各メディアはEXPO誘致のニュースを絶え間なく流し、大統領室も尹大統領の外交努力を歴史的なものとして何度も強調してきました。
発表が近づくにつれてメディアには「49対51まで追い上げてきた」(朝鮮日報、毎日経済)、「大逆転劇を狙う韓国」(中央日報)といった文言が並び、「経済効果61兆ウォン(約6兆7000億円)」などの数値が乱発され期待を煽りました。
惨敗としか言いようのない結果を前に、尹大統領は「予測がだいぶ外れたようだ」と頭を垂れました。しかし一方では「結果を聞いて激怒した」と韓国各紙が伝えています。
今日6日には落選後はじめて釜山を訪れ関係者のその間の努力を称えると共に「釜山はこれから始まる」と述べました。一件落着というところですが、果たしてそれでよいのでしょうか?
6日、釜山市内の「国際市場」を訪れ市民と握手する尹大統領。大統領室提供。
前々回(17年)の大統領選に現与党の前身の党の候補として出馬した洪準杓(ホン・ジュンピョ)大邱市長は落選を受け今月1日、自身のFacebookに「誘致の失敗が問題ではなく世界の流れを読めなかった関係機関の無知と無能が問題」だと書き込みました。
他に「大統領に薄氷の勝負だと吹き込み、米国から戻ってきてすぐパリに送り込んだ参謀がだれだか明らかにすべき」とも書き、大統領を取り巻く環境をやり玉に挙げました。
一方で、尹大統領の政治スタイルに問題があるという指摘もありました。提起したのは同じ与党の李俊錫(イ・ジュンソク)前代表です。
李前代表はラジオを通じ行った「不利だという情報を受け取る度に怒りだし追い出してしまうから、誰もしっかりした報告をしなくなった」と指摘は非常に興味深いものがありました。
関連して、朴振(パク・ジン)外交部長官の姿も違った意味で印象的でした。国会で「安易な楽観思考に集団ではまったのではないか」という与党議員の問いかけに「戦争(誘致)が始まったのに負けると考え臨む人はいない」と、アントニオ猪木のような答えを返しました。
同長官はまた「勝てるという希望を持っていた」、「票をできるだけ慎重に読もうと努力していた」とも答え、認識の甘さを露呈しました。
確かにその間、政府はなぜこんなにEXPO誘致に外交力を傾けているのか、正直疑問でした。しかし外交部長官のこんな答弁を見ていると、希望的観測や耳に心地よい報告に慣れた尹大統領が、どんどんエスカレートしていき、政府としても後に引けなくなったという図式が見えてきます。
これについて中道紙『韓国日報』で編集局長まで務めあげ退職したイ・チュンジェ氏は『オーマイニュース』への寄稿で、「尹大統領の意思疎通不足が根本的な原因」だと見立てました。
以前ニュースレターでも何度か取り上げたソウル江西(カンソ)区長の補欠選挙の時にも、世間は与党候補が不利だとしていたのに、大統領だけは勝利を確信しているようだったともしました。結果は17%P差の大敗でした。
イ氏はさらに「大統領に直言できる人物がいない」とし、もし国家の安全保障の危機の際に同じことが起こらないか心配だと指摘しました。「南北の緊張が高まる局面で、大統領の誤った判断は取り返しのつかない破滅を招く可能性がある」という一文は深くうなづきました。
イ・チュンジェ氏は「裸の王様」にならないためには尹大統領が冷徹に自身を省みる必要があると結んでいます。
しかし一連の報道で最も面白かった(?)のは、保守紙『中央日報』でした。
落選の一翌日の1日、編集人のコ・ヒョンゴン氏がコラムで財閥企業を過度に動員した政府の施政を批判すると同時に、予算がふくらむばかりでもはやお荷物となった大阪万博を取り上げ「ここで止まったのは考えようによっては良かった」としたのです。
大阪を反面教師とする論調は進歩紙『ハンギョレ』にもあるので取り立てて特別なものではないのですが、さんざん接戦を煽った挙げ句にやっぱりいらない、とする論調に「なんだそりゃ」と思わず声が出ました。
◎韓国政治(2):最側近に有罪、最大野党・共に民主党の李在明代表に焦り?
最近、ニュースレターで李在明(イ・ジェミョン)代表の話をあまり取り上げていませんでした。同氏は今も複数の裁判が続いており、李代表も頻繁に裁判に出席しながら党務をこなしている状況です。
そんな中、11月30日に李代表の最側近とされる金湧(キム・ヨン)前民主研究院副院長に懲役5年の判決が下りました。過去に李代表が市長を務めていた城南(ソンナム)市の開発過程で収賄したというものです。
検察は具体的に金氏が6億ウォン(約6600万円)を城南市の大庄洞(テジャンドン)を開発する業者から受け取り、これを2021年5月から始まった大統領選予備選における李在明氏の選挙資金として使ったと指摘しています。
今月4日、練炭を困窮している住民に対し練炭を配るボランティアに参加する李在明代表。共に民主党提供。
このように、今回の判決は単純な収賄事件ではなく、李在明氏が城南市開発の対価を得ていた点や、違法な選挙資金の工面と関わるものとして重要です。各紙はさっそく「今後の李代表の裁判に与える影響が大きい」と見立てています。
さらに韓国メディアでは判決文の文面に「金湧よりも李在明という名前が多く登場する」と指摘しています。
これは結局、金湧氏が違法に工面した資金が李在明氏のために使われたことを示すもので、今回の有罪判決を李在明代表を「落とす」きっかけとしたい検察の意図が見え隠れします。
なお、私が共に民主党の内情に明るい専門家に聞いたところによると、李代表側は今回の判決にショックを受けているとのことでした。これを機に、党内の反対勢力に積極的に手を差し伸べていく可能性もあると見立てていました。
なお、一貫して容疑を否認している金氏は4日、控訴しました。
◎ショートニュース
(1)映画『ソウルの春』の観客が500万人を突破
韓国で「12.12(シビーシビー)」と呼ばれる1979年12月12日の全斗煥(チョン・ドゥファン)によるクーデター。その緊迫の9時間をフィクションを交え描いた映画『ソウルの春』が公開から14日目の12月5日、観客500万人を達成しました。
過去の1000万人の大台を超えた作品のいくつかよりも早いペースだとのことです。なお韓国の人口は約5200万人であるため、ざっと10人に1人が観たことになります。
『5.18光州民主化運動』での悲劇をはじめ独裁政権へと続く暗い歴史を描いた作品にもかかわらず高い人気を得ていますが、『KBS』は6日付けの記事で、いわゆる『MZ世代』と呼ばれる20代30代が人気を牽引していると予約データを用い(20代30代が51%)改めて強調しました。
そしてMZ世代の楽しみ方の特徴として、スマートウォッチを使い映画の展開による心拍数の変化をシェアする姿を紹介し、さらに観客たちが映画鑑賞後にYouTubeなどで現代史を学び直している動きにも触れています。
観客500万人を記念し、制作会社が公開したポスター。
(2)全斗煥元大統領は住民の反発で安葬できず
『ソウルの春』とは79年10月26日の朴正熙大統領暗殺から、80年5月の「ソウル駅の回軍」までの、民主化を求める動きが高まった時期を指します。クーデターを通しこれを握りつぶしたのが全斗煥ですが、死亡から2年が経った今も埋葬されていないというニュースを、いくつかのメディアが報じました。
中道紙『韓国日報』は11月30日付けの記事で、この日ソウル近郊の京畿道(キョンギド)坡州(パジュ)市庁前でひらかれた全斗煥氏の安葬(骨壺の安置)に反対する市民集会の詳細を伝えました。
記事によると全斗煥氏は生前、回顧録の中で「健康な目で、しっかりした精神で統一を成し遂げた輝く祖国の姿を見たい」、「その前に生を終える場合には北側の地が見える前方のどこかの高地に白骨でもいいから残って、必ず統一の日を見たい」と書き残しています。
そして選ばれたのが坡州市内の見晴らしの良いチャンサンリという所にある山でした。しかし市民たちは同所が「臨津江(イムジンガン)と開城工業団地が見渡せる最高の眺望地であり、南北和解の象徴的な場所」であるとし、「クーデター、光州虐殺、軍部独裁の象徴である全斗煥が眠る場所はない」と主張しています。
(3)韓国の麻薬検挙者が2万人を突破
6日、韓国の検察庁は会見を開き、今年の1月から10月まで麻薬に関する検挙者が2万2933人にのぼったと発表しました。昨年同期の1万5812人よりも47.5%増えた数値です。
『聯合ニュース』によると、検挙者のうち密輸・密売・密造といった供給側への取締りが活発に行われたそうです。検挙者は昨年同期の3991人から82.9%増えた7301人でした。
また、10代が1174人、20代が6580人と全体の34.6%を占め、昨年よりも53.8%増えたとのことです。背景について検察側は「SNSやダークウェブ、海外からの直接購入などオンライン取引の活性化」を挙げています。
一方でこの日、検察庁と警察庁、そしてソウル市の三者はクラブや遊興酒場(キャバクラなど)内の麻薬犯罪に対応するためのMOU(業務協約)を結んだと伝えています。
(4)尹大統領が労働者を守る法律に通算三度目の拒否権を行使
今月1日、尹大統領が通称『黄色い封筒法』と呼ばれる労働組合法の改正法と、やはり『放送3法』と呼ばれる放送法・放送文化振興会法・韓国教育放送公社法の改正案の双方に拒否権を行使しました。いずれも11月9日に国会で可決されたものです。
韓国では国会で可決された法案を大統領が裁可し公布されます。
一方で大統領は拒否権を有しており、尹大統領の拒否権行使は三度目となりました。前任の文在寅大統領が任期中一度も拒否権を行使しなかった点と比べるとその差が目立ちます。
進歩紙『京郷新聞』によると、大統領室は拒否権行使の理由について説明していません。過去の二度とは異なる様相とのことです。
「尹大統領の拒否権乱発を糾弾する!」と訴える最大野党・共に民主党の議員達。同党提供。
一方で、韓悳洙(ハン・ドクス)国務総理は拒否権行使を大統領に要求する手続きの中で『黄色い封筒法』については「労使関係を損ね」、「産業現場には葛藤と混乱を、国家経済に莫大な困難をもたらすと憂慮する」としています。
同紙によると同法は「下請け・間接雇用の労働者たちが、発注元の使用者と労働条件に伴い交渉できるよう、使用者の定義を『勤労条件に対し実質的かつ具体的に支配・決定できる地位にあるもの』と拡大するもの」であるとしています。同法はまた「合法の争議行為の要件を拡大し、ストライキに参加した労働者に対する損害賠償・財産の差押えが濫用されないようにする内容も含んでいます。
いずれも労働者たちが長きにわたり要求してきたもので、現場で働く労働者がより声を上げられるようなる画期的なものですが、使用者(雇用主)にとっては窮屈になるため忌避されてきました。尹大統領は企業の手を上げたことになります。
『放送3法』というのは、公営放送KBS、MBCそして教育放送EBSの理事推薦権を現在の政党による山分け方式ではなく、より広い分野に広げると共に、人数を増やすことで政府の介入を防ごうとする目的で改正されようとしていました。具体的には放送記者連合会など現役記者団体や学者などにも理事の推薦権を与えるものでした。
反対理由について政府側は「偏向的な放送関連団体の関与」や「大統領の任命権限が制約される」といった点を挙げています。
(5)文在寅政権時の選挙違反に有罪判決
18年6月の全国地方選挙の際、韓国南東部の大都市・蔚山(ウルサン)市長選で、文在寅大統領(当時)の友人であるソン・チョロ氏を当選させるために青瓦台(大統領府)が介入した疑いで行われていた裁判。
先月29日、起訴から3年10か月ぶりに一審判決が出て、当時当選したソン前蔚山市長と、やはり当時蔚山地方警察庁長を務めていたファン・ウナ議員(共に民主党)にそれぞれ懲役3年が宣告されました。
他にも当時青瓦台に勤務していた2人の秘書官も、執行猶予つきの有罪判決となりました。
『京郷新聞』によると、裁判所は18年6月の選挙を控え、青瓦台がソン氏の競争相手だった当時の金起炫(キム・ギヒョン、現与党代表)蔚山市長への捜査を、蔚山地方警察庁に指示したと判断しました。
実はこの問題は、文大統領の在任当時から大きなスキャンダルとして扱われており、ようやく司法の判断が下ったことになります。
今後はこの指示がどこから出てきたのかも焦点になる見通しで、当時の任鍾晳(イム・ジョンソク)青瓦台秘書室長や曺国(チョ・グク)民情首席秘書官などに捜査の手が伸びる可能性もあります。この二人は判決に納得がいかない旨を自身のSNSを通じ公開しています。
さらに文在寅前大統領まで捜査すべきという声(金起炫代表がその代表です)もあり、今後の展開が注目されます。なお、検察側と被告側がともに控訴しました。
◎グルメ紹介『ナムド韓国料理ジョンドゥンニム』
皆さんは「南道料理(ナムドウムシク)」という言葉を聞いたことがありますか?ご存知の方はなかなかの韓国料理通かもしれません。
これは韓国南西部の全羅南道地方の料理を指すもので、韓国政府の海外文化広報院では全羅南道を「グルメ旅行を楽しむ韓国人たちが真っ先に選ぶ地域」とし、料理の特徴を「山と海、そして穀倉地帯で生産される豊富な食べ物は豊かで多様な食文化を花開かせた」と表現しています。
ドラマや映画で、食卓一杯に並べられた料理を見たことがあると思いますが、まさにアレです。「南道料理(正確には南道飲食)」の看板を掲げているどの店でも食べても美味しいので、店を選ぶ一つのバロメーターとして考えてもよいかもしれません。
そして時は12月。忘年会のシーズンとなりました。私も仕事の合間にいくつか顔を出していますが、店を選ぶ立場の場合もあります。
ちょうど5日晩にそんな機会があったので迷わず「南道料理」のお店を選びました。これがなかなかのヒットでしたので紹介します。
店の名前は『ナムド韓国料理ジョンドゥンニム』。場所は明洞(ミョンドン)から歩いて5分、さらに大きな道沿いという分かりやすい場所にあり、アクセスに優れています。
店の場所。地下鉄2号線「乙支路入り口駅(ウルチロイック駅)」5番出口を出て、大きな道沿いに5分ほど歩くと見えてきます。
お店の外観。2階です。以下写真はいずれも筆者撮影。
肝心の味についても、この日ご一緒した全羅南道出身で美味しい店をよく知る人物A氏も太鼓判を押していました。
私が食べたのはエイの刺身を辛く和えた「ホンオムチム」、干潟で獲れるハイガイ(灰貝)を蒸した「ポルギョセコマッ(ポルギョは灰貝で知られる地名)」でした。
いずれも全羅南道の名物として有名ですが特に「ホンオムチム」は文句なしでした。臭みは全くなくエイの歯ごたえも部位ごとに楽しめ、味も強すぎずマッコリがグイグイ進みました。
無料でくっついてくるおかずも美味。
ホンオムチム。3人でたっぷり食べられる量で40,000ウォン(約4400円)です。
セコマッ。プリプリです。こちらは35,000ウォン(約3850円)。
そして締めは「ポルギョ チャントゥンオタン」!
初めて聞く名前にそそられ頼もうとしたところA氏に「クセがあるからやめた方がいい」と止められましたが押し切りました。
スマホで調べてみると「チャントゥンオ」というのはムツゴロウのことでした。
丸々入っているのかと思いきや、身をすりつぶした形でのご登場(?)でした。味はいわゆる「チュオタン(どじょうのスープ)」と似ていまして、これまた優しい味でご飯をばくばく食べてしまいました。
ポルギョ チャントゥンオタン。3人でも多いたっぷりな量で35000ウォン(約3850円)でした。
という訳で今後も色々な集まりにかこつけて美味しいお店を紹介していきますので、乞うご期待!
◎書籍紹介『1945年、26日間の独立』
今回は書籍の紹介もしてみます。いつも同じニュースレターではつまらないですよね。
タイトルはずばり『1945年、26日間の独立』(ハガツサブックス、23年11月発売)。朝鮮半島の現代史に興味がある方はタイトルだけでもおおっ!となりそうですが、「韓国建国に隠された左右対立秘史」という副題もまた興味をかき立てます。
内容は45年8月15日のいわゆる「光復」、つまり大日本帝国による植民地支配からの解放から米軍が進駐する同年9月9日までの26日間、いかに当時の朝鮮人が独立した統一民族国家建設という理想に向けて歩み、そして挫折したのかを日付けごとに追ったものです。
本文は約370ページです。
著者の吉倫亨(キル・ユニョン)さんは進歩紙『ハンギョレ』の東京特派員を務め、今も国際部部長として健筆を振るう現役記者。記者ならではの分かりやすい文章で書かれており、こなれた翻訳が十分にその魅力を生かしています。
悲しいことに当時の挑戦は今なお続く分断状況が示すように、失敗に終わりました。とはいえ、本書からは当時の人々が限られた情報と環境の中でどう生きたのかが十分に伝わります。
私は韓国で3年前に刊行された際にすぐに読んだのですが、日本でどう読まれるべきかについては余り考えたことがありませんでした。
あえてそれに触れるとすれば「日本の植民地支配が何を残したか」について考えながら読んでみてはと思います。いつかこの本を読んだ方々と話し合ってみたいものです。
◎あとがきに代えて:「まとめ」ニュースレターを超えて
発行が丸一日遅れてしまいました。いったんペースを崩すとなかなかリカバリーが難しいスケジュールだとつくづく感じます。
今号は新たな読者の皆さんに触れるため、全文無料で公開いたします。こういうことができるのも、サポートメンバーの皆さんのおかげです。
単純な「まとめサイト」ではなく、できるだけオリジナルな視点を付け加えながら続けていきます。今後ともよろしくお願いいたします。
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