約70日後に迫った韓国総選挙…争点は「尹政権審判」と「政治改革」、そして「新たな議題」の3つ
◎300議席総入れ替え
韓国では4月10日に、300議席総入れ替えの国会議員選挙(以下、総選挙)が行われる。日本と異なり任期中の解散がないため、2020年4月以降4年ぶりの総選挙だ。1月12日に選挙区ごとの予備候補登録が始まり、政党再編も活性化するなど、熱気は徐々に高まりつつある。
一方で、今回の選挙戦の焦点は多少複雑だ。通常ならば総選挙の構図は単純だ。時の政権への中間評価、韓国独特の表現として「政権審判」を問うものとなるからだ。しかし今回の総選挙ではこれに「政治改革」と「新たなアジェンダ(議題)」が加わることで理解を難しくしている。
本記事では専門家の分析を交えながらこれらを順に見ていくことで、韓国総選挙ウォッチの枠組みを示してみたい。
20年4月の前回総選挙の際にライトアップされた国会。20年4月、筆者撮影。
(1)尹錫悦政権への中間評価(政権審判)
韓国では大統領選挙は5年に一度、総選挙が4年に一度おこなわれる。
年数にずれがあるため総選挙が必ずしも大統領の中間評価になる訳ではないが、今回に限る場合、中間評価という感覚を有権者が抱いていると見てよい
これは、前回20年4月の総選挙にも似ている。
当時は文在寅(ムン・ジェイン)大統領任期5年の丸3年が経過する時点であった。結果は与党が議席の6割、180議席を奪う圧勝だった。だが、朴槿惠(パク・クネ)大統領弾劾(16年12月~17年3月)と新型コロナのパンデミックの影響が多大であったという観点から、前回の選挙を「例外」とする専門家もいる。
そこで、比べるならば就任から丸3年を迎えた金大中(キム・デジュン)政権がたたかった00年4月の総選挙にすべきという声が上がっている。当時は与野党が半数ずつ分け合う結果となった。
いずれにせよ、今回は尹錫悦(ユン・ソギョル、63)大統領任期5年の丸2年(22年5月就任、任期は27年5月まで)にあたる時点となっており、中間評価という位置づけが色濃い。
現在の尹錫悦大統領の支持率は世論調査ごとに多少異なるものの、概ね30%台前半、不支持率は60%台前半だ。
代表的な2社を取り上げると、『韓国ギャラップ』の最新結果では支持率31%、不支持率63%(1月23~25日調査)、『リアルメーター』で支持率36.2%、不支持率60%(同23日~26日)というもので、この数値は過去数か月のあいだほぼ横ばいを続けている。
余談であるが一般的に韓国で「支持率」と呼ばれるものは、「あなたは尹錫悦大統領が職務をしっかり遂行していると思うか、もしくは誤って遂行していると思うか」(ギャラップ社)、「あなたは現在、尹錫悦大統領の国政遂行についてどう評価するか」(リアルメーター社)といった質問に「よくやっている」という回答を選んだ人々の割合を指すものだ。逆の答えが不支持率となる。
韓国ギャラップ社ではさらにその理由について聞いている。肯定評価と否定評価の理由について並べてみる。同社はすべて電話で直接聞くので、回答は自由回答だ。
・肯定評価
1位:外交 21%
2位:経済・民生 9%
3位:国防・安保 7%
4位:一生懸命・最善を尽くしている 4%
5位:主観・所信 4%
6位:全般的によくやっている 4%
7位:公正・正義・原則 3%
・否定評価
1位:経済・民生・物価 16%
2位:疎通不足 11%
3位:金建希女史の問題 9%
4位:全般的によくない 7%
5位:独断的・一方的 7%
6位:外交 5%
7位:経験・資質の不足/無能 4%
ここでは否定評価の理由に注目したい。韓国で一般に総選挙は「回顧型投票(回顧投票)」と言われる。過去を振り返り評価するというものだ。
前述したように現在、尹大統領への否定評価(不支持)が6割を超える。つまり「尹錫悦大統領のよくなかったこと」を根拠に投票先を選ぶ人の方がそうでない人よりも多い可能性が高いということだ。否定評価の内容を今後、与党が挽回できるかがカギとなるため、その内容を知っておきたい。
さらに、なぜ大統領なのか?という質問に答えておく必要がある。韓国では大統領が選挙に介入することは法律違反となるものの、尹大統領はこれまで特に党内政治に深く介入し党内を強く掌握してきた。
このため、大統領の評価イコール与党の評価となっている。政権への不満がそのまま与党への不満となっているという点を押さえておきたい。
1月25日、京畿道(キョンギド)議政府(ウィジョンブ)市にある市場を訪ねる尹錫悦大統領。市場訪問が増えると選挙シーズンであることを感じる。大統領室提供。
本論に入る。否定評価の中で最も多いのが経済面での不満だ。
韓国政府の統計によると経済成長率は22年2.6%、23年1.4%(暫定値)と、新型コロナのパンデミックがあった20年を除いては初めての1%台となった。24年も1%台になるという懸念を伝える記事があちこちのメディアから出ている。2年連続1%台の成長は、韓国史上一度もなかったことだという。
貿易収支を見ると、23年の輸出は昨年より7.4%減少した6326.9億ドル(約93兆円)で、輸入は同12.1%減少した6426.7億ドル(約94兆円)で、99.7億ドル(約1兆4700億円)の赤字だった。
次に消費者物価指数を見ると、2023年の一年で3.9ポイント上昇し111.6(2020年を100とした場合)となった。
消費者物価上昇率(前年からの上昇率)も22年5.1%、23年3.6%と2010年代の0%~1%台と比べると明らかに高い。
私事で恐縮だが、筆者は韓国で12年にわたって共働きを続け毎日の炊事を欠かさず担当している。そのため毎日スーパーで買い物をしているため物価には大分あかるい方だ。しかし昨年からの物価の上昇には気が滅入る。有権者に政府への不満を抱かせるのに十分すぎるものがある。
もう少し広い視点からは、昨年12月の『週刊京郷』の記事が参考になる。尹錫悦政権の初代副総理兼企画財政部長官である秋慶鎬(チュ・ギョンホ)氏の退任に合わせ、経済政策を総点検した記事だ。
記事では「輸出入の沈滞により低成長を避けられなくなった」とし、97年の通貨危機(韓国ではIMF危機とも)以来はじめて日本の経済成長率を下回ったと強調する。
同紙ではまた、税収低下にも注目する。韓国では昨年59兆ウォン(約6兆5000億円)の税収が「パンク」したことが分かり大きな騒ぎとなった。これにより、国税収入に連動する地方交付税と地方教育財政交付金などを受け取る地方自治体が「枯死直前に追いやられている」という。
22年7月、まだ「ぶら下がり」会見を行っていたころの尹錫悦大統領。大統領室提供。
次の「疎通不足」というのは、大統領が何を考えているのか分からないというものだ。原因は簡単で、大統領が記者会見を全くしないことが大きく影響している。
尹錫悦大統領は就任後1年7か月の間、記者会見を一度しか開いていない。22年8月の就任100日のものが最後だ。
日本で「ぶら下がり」と呼ばれる出勤時の記者との短い会見は「これまでなかったもの」と評価されたものの(舌禍もその分増えたが)、22年11月を最後に行われていない。
当時、政権との軋轢が増えてきた公営放送MBCの記者が尹錫悦大統領に食い下がったことが原因とされたが、これぞ正に「疎通不足」を象徴するもので、大統領は王様のように不都合な質問を避けていると見なされている。
ここまで来ると、さすがに保守系の国内メディアからも批判の声が上がり、24年には新年記者会見をするかもしれないという機運が高まった。だが結局、日本のNHKにあたるKBSとの対談形式のインタビューを行うことで記者会見を代替するとのことだ。
「疎通不足」はそのまま次の「金建希女史の問題」にもつながる。
金建希(キム・ゴニ、50)大統領夫人は、22年の大統領選挙の際にも経歴詐称疑惑からカメラの前で謝罪したことがあったが、その後もスキャンダルが続いている。
代表的なものが09年から12年まで株価操作事件に関わり利益を得た疑惑と、一昨年9月に知人から高級ブランドのバッグ(約30万円相当)を受け取ったという2件だ。
前者については昨年12月28日に特別検事を任命し捜査する法案が国会で可決されたものの尹大統領が拒否権を行使し、法案を無力化させた。後者については明らかな法律違反にもかかわらず、昨年11月に明らかになって以降も口を閉ざしたままだ。
記者会見を避ける理由も「金建希女史への質問を受けたくないため」と言われる始末で、韓国では「金建希リスク」と呼ばれている。
この態度は図らずも、検事一筋の尹錫悦大統領が掲げてきた「公正」の旗印を著しく損ねる結果をもたらし不支持の象徴のようになっている。
昨年11月、やはり市場を訪ねる金建希大統領夫人。大統領室提供。
最後に独断的・一方的というのは、就任時からずっと言われてきたものだ。
尹大統領のあだ名に「59分」というものがある。
これは高級官僚や長官などが案件を持って大統領と1時間の面談を行う際、59分を大統領が話し続ける様子を指すものだ。以前は「55分」だったが昨年から「59分」に変わった。
つまり人の話を聞かないというもので、これは先の「意思疎通不足」と同様に、尹大統領が国政に臨む姿勢が「協治」を行うべき大統領にふさわしくないという評価に結びついている。権力が強大な韓国大統領にとって「自分で考えて決める」というのは、諸刃の剣に他ならない。
また、人事面でも検察出身者(つまりは先輩後輩だ)を政権の要所に配置するという狭量なものが目立つ。軍隊と同様に上命下達の世界である検察で大統領の周囲を固めることで、さらに独断性が増していると世間では見られている。
見てきたように尹政権の問題は山積している。
与党が今度取り得る手段は「与党と大統領との分離」もしくは「大統領の否定評価の挽回」になるだろう。
前者を行うためには大統領と対立するような人物が党内に出てくる必要があるが、韓東勲(ハン・ドンフン、50)非常対策委員長がどこまでこれをできるのかは未知数だ。
一方、後者は政策を提案することとなるが、いずれにせよ尹大統領との差別化を図ることになる。つまり支持率30%では勝てない与党側もまた「政権審判」を行う日必要があるということだ。これをどこまで徹底できるかが選挙の行く末を左右するだろう。
一方の野党は上記のような「大統領の否定評価の原因」を集中して攻撃することになる。
韓東勲(右)と尹大統領。一時は尹大統領が「韓東勲への支持を撤回する」とまで発言したとされたが、関係は表向き修復に向かっているようだ。1月29日には昼食を共にした。大統領室提供。
(2)政治改革(両党制の打破)
韓国の国会サイトによると、1月30日現在在籍295議席(定数300)のうち、与党・国民の力が112議席、最大野党・共に民主党が164議席となっている。会わせると276議席、全体に占める割合は92%だ。
現在は総選挙を控え党を離れた議員がいるためこの数値だが、時期によっては95%に達することもあった。いわゆる巨大両党と呼ばれる二党が議席を分け合っている形だ。