朝鮮半島で高まる戦争危機、どこまでが真実か?
◎米国発の記事が話題に
数日前、世界的に名を知られた米国人の朝鮮半島専門家2人による連名記事が話題となった。米国の核兵器開発の心臓部・ロスアラモス研究所で所長を務め、数度にわたり北朝鮮の核施設の最も深いところまで訪れたシグフリード・ヘッカー博士と、大著『二つのコリア』で知られ北朝鮮に分析においてはプロ中のプロとされる元CIA分析官ロバート・カーリン氏によるものだ。
『38ノース』に掲載された記事。筆者キャプチャ。
「金正恩は戦争の準備をしているのか?(Is Kim Jong Un Preparing for War?)」というタイトルの3000字ほどの分析記事では、▲北朝鮮が米国との関係改善を完全に放棄した、▲世界の潮流が自国(北朝鮮)に有利にはたらいている中で朝鮮半島問題の軍事的解決を決断した、という前提の下、朝鮮半島に戦争の危機が高まっていると決断づけている。
その度合いについて2人は「1950年6月上旬以来の危険な状態」と診断する。「韓国はもちろん沖縄を含む日本全土、グアムまで届くミサイルに搭載可能な核弾頭50~60発」を持つ北朝鮮により、第二の朝鮮戦争という全面戦が「待ったなし」であるという見立てだ。
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◎金正恩氏の「トラウマ」
記事では北朝鮮の政策転換の境を19年2月にハノイであった2度目の米朝首脳会談に求めている。
当時、米国のトランプ大統領と朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の金正恩国務委員長の間では、北朝鮮の非核化と米朝関係改善の「取引」が見込まれていた。具体的には前年9月の南北首脳会談における宣言で、北朝鮮側が明かした寧辺核施設(ヘッカー博士が訪問した施設でもある)の破棄と、それに釣り合う米側の制裁解除や国交正常化に向けた準備的措置の交換が予想されていた。
しかし会談は決裂する。約70時間かけて北朝鮮からベトナムまで列車で移動してきた金正恩氏は、日程をすべて消化することもできず赤っ恥をかいた。
19年2月ハノイ米朝首脳会談でのトランプ大統領と金正恩委員長。朝鮮中央通信より引用。
上記記事はこの「トラウマ」を金正恩氏が数年かけて克服しながら、対米政策において「30年以上ぶりとなる根本的に新しいアプローチ」を採用したとしている。それが「戦争準備」であり、背景には昨年夏以降とみに前進したロシアとの関係改善、とりわけ軍事分野での協力があると見ている。
また、韓国に対しても昨年末の朝鮮労働党中央委員会第8次第9回全員会議拡大会議(日本では中央委員会総会とも)で「北南関係はこれ以上は同族関係・同質関係ではない、敵対的な二つの国家関係、戦争中にある二つの交戦国関係として完全に固着した」と金正恩氏が明かしたことに触れ、転換があったとした。
◎尹政権の本音
ここで少し、朝鮮半島におけるもう一方の当事者である韓国に目を向けてみたい。
22年5月に発足した尹錫悦政権は、その3か月後の8月15日「大胆な構想」という北朝鮮政策を発表した。これは「北朝鮮の非核化の段階に応じて、経済・軍事・政治的なインセンティブを提供する」というそれなりに画期的なものであった。どんな北朝鮮政策もすべては対話から始まる。だが南北共に対話の門を閉ざし、事態はまったく動かなかった。そうこうする内に尹政権の本音が他にあることが明らかになった。
尹政権は昨年6月、『尹錫悦政府の国家安保戦略ー自由、平和、繁栄のグローバル中枢国家』を公表した。その中で、北朝鮮の非核化戦略として「抑止(Deterrence)ー断念(Dissuasion)ー対話(Dialogue)」という「3D戦略」を明確にした。
これによると、対話の前段階として北朝鮮の「断念」つまり核開発路線からの転換表明のようなものが必要となる。核使用を法制化し、国家アイデンティティとまで位置づける北朝鮮においてこうした転換が起きることは考えづらく、現実性がない。
他にも韓国では金正恩政権の統治内容に対する批判を強めている。その最たるものが人権問題だ。過去に南北が合意した「内政不干渉」原則を有名無実化し、金正恩政権の正当性を否定することで対話の相手と認めない姿勢を明らかにしている。一方で抑止力拡大を掲げ、日米韓の結びつきを深め北朝鮮への包囲網を強固にし続けている。
◎シンポジウムで討論
それでは実際のところ、戦争が起こる可能性はどれほどあるのか?
真剣にその可能性を討論するシンポジウムが、昨日15日にソウル市内で開かれた。