「保守優位社会からの転換」...専門家に聞く韓国総選挙の評価

韓国総選挙の総評を、現場感覚と識見を兼ね備えた屈指の専門家に聞きました。
徐台教(ソ・テギョ) 2024.04.17
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 野党圧勝となった韓国総選挙から一週間。展開の早い韓国社会は既に次の政局に向かって突き進んでいる。だが、韓国社会を理解するためには、選挙結果の分析が欠かせない。日本では見落とされがちな今回の総選挙の要点について専門家に聞いた。

 インタビューに応じたのは、李官厚(イ・グァヌ、47)建国大学教養学部教授。韓国で国会議員秘書官を務めた後、英国で政治学博士号を取得。その後は大学の研究院や民主党系シンクタンクで働き、文在寅政権時代には金富謙(キム・ブギョム)国務総理室で演説局長を務めた。

 経歴からも進歩系に分類される政治学者ながら、共に民主党をはじめとする進歩政治への辛辣かつ批判的な言説で知られる。インタビューは選挙後の12日に対面で行われ、16日に電話で追加取材を行った。

インタビューに応じる李官厚教授。22年夏には大統領選に敗れた共に民主党の検証委員会の実質的な責任者を務めるなど、党内の動きにも詳しい。12日撮影。

インタビューに応じる李官厚教授。22年夏には大統領選に敗れた共に民主党の検証委員会の実質的な責任者を務めるなど、党内の動きにも詳しい。12日撮影。

 李官厚教授によると、今回の選挙によって、韓国の有権者は尹錫悦大統領の国政運営能力に「NO」の審判を下す一方、大局的には韓国の50代以下で進歩派が優勢であることが明らかになったという。以下は一問一答。

——今回の総選挙では全300議席のうち野党系が192議席、進歩系に限っても189議席を占める野党大勝に終わった。総選挙の結果をどう評価するか。与党は22年3月の大統領選、同6月の統一地方選と連勝していたが、それが止まった。

 代議制民主主義の原理というのは、選挙を通じ国民がその権力を特定の政治勢力や政治家に預け、うまくいけばそれを維持し、そうでなければ交替するというものだ。

 こんな意味で、前回の大統領選(22年3月)が文在寅政権に対する評価であったならば、尹錫悦政権の発足(22年5月)から2年を迎えた時期に行われた今回の選挙は、尹政権の中間評価の意味合いがあった。

 ここで進歩派が勝利したことで、均衡が再び取れたと見ている。つまり、文在寅政権に対する評価は終わり、勝負が原点に戻ったと見ている。

今回の選挙結果。筆者作成。

今回の選挙結果。筆者作成。

4月10日午後6時の投票締め切りと同時に、55万人(当日出口調査50万人プラス事前投票者5万人への電話調査)を対象する出口調査の結果が発表され、野党の圧勝予想が伝えられた。国会の一角に作られた共に民主党の速報室は党関係者の歓声に包まれた。10日、筆者撮影。

4月10日午後6時の投票締め切りと同時に、55万人(当日出口調査50万人プラス事前投票者5万人への電話調査)を対象する出口調査の結果が発表され、野党の圧勝予想が伝えられた。国会の一角に作られた共に民主党の速報室は党関係者の歓声に包まれた。10日、筆者撮影。

——尹錫悦政権への低評価が今回の選挙結果につながったと見る向きがある。いったい何が問題だったのか。それほどまでにひどいのか?

 金大中政権(98~03年)以降の政権の中で、最も早く政権への信頼が崩れた政府ではないかと見ている。検察出身の人材を多く登用する点への批判などがあったが、そんな社会の評価にとても鈍感だ。政府の有能さというのは、多様性と疎通から表れる。過去2年間、この部分が不足し「不通政府」となってしまった。

 政治経験や人材プールを持たない尹大統領は変化の機会を捉えられなかった。特に与党の力を借りるべき時に、逆に与党を強くリードしようとした。こうした点が敗北につながったと見ている。

 政権への評価というのは通常、政策・理念・国家運営能力という3つの段階に分かれる。「政策」への評価は文字通り、政策の質を問うもので、最も高いこの次元に達していれば選挙も政策選挙となる。

 次の「理念_については、進歩もしくは保守的に偏向しているかどうかを判断するものだ。しかし尹政権に対して国民は、より本質的な「一般的に国家を運営する能力があるか」を判断したことで票差が生まれた。

 選挙前に話題になった「長ネギ事件(※1)」もその一例だ。国民は大統領が物価を知らないということに怒ったのではなく、経済に関心がなく、ぞろぞろと付いて歩く大統領の周囲のブレーンもまた国政を運営する能力がないと判断したものだ。

今年3月18日、長ネギを手にする尹大統領。大統領室記者団の写真を引用。

今年3月18日、長ネギを手にする尹大統領。大統領室記者団の写真を引用。

 (※1)長ネギ事件:今年3月、物価高を点検する名目で尹大統領が農協のスーパーに視察に行った際に、875ウォンで売られている長ネギを手に「合理的な価格だ」と発言したもの。実際にはその4~5倍で売られていることから、尹大統領に批判が集まり失政の代名詞となった。投票場に長ネギを持ち込む政治風刺が流行した。

——大統領に政策の転換を直言する国会議員と大学院生に対し、その場で警備員が口を塞ぎ手足を抱え強制退場させるシーンが今年になって二度も続いた。

 国民にとってこの出来事は「権威主義的」と受け止められた。常識的な側面から受け入れられない。(二度続いたことで)大統領に直言できる人がいないことが明らかになった。こんなことも言えないのでは、国政の運営方針について周囲がどう意見できるというのか。

——今回の総選挙の敗北を受け、「尹政権の『レームダック(死に体)』が近づいている」という声もある。どうやり直せるか?

 まずはこれまでの国政の運営に対し、国民向けの謝罪談話をすべきと見る。大統領が直接、国政刷新への意志を明かし謝罪することを国民は望んでいるだろう。

 そして、内閣や大統領室の総辞職、そして国政運営基調の転換を明らかにした上で、野党と会い(※2)「協治」について話し合う必要があると見る。記者会見という形でもよい。とにかく謝罪が先に来なければならない。

 尹大統領は民主化以降(1987年~)はじめて、任期の間じゅう「ねじれ国会」となる大統領だ。予算や法案といった部分で、野党との協力なしに国政をまともに運営できない。このため、野党との協力は何よりも重要になる。

 国政を刷新するための最も理想的な手立てとしては、国務総理の人選を国会の推薦に任せ、連立内閣を構成するといったものがあるが、ここまでできれば最大値だろう。

(※2)尹大統領は大統領就任後、野党代表と一度も面談を持ったことがない

——16日、尹大統領は国務会議の冒頭発言をもって、総選挙における与党敗北の総括とした。「結果を謙虚に受け止め、より低い姿勢と柔軟な態度でより多く疎通し、私が率先して民心を傾聴する」としたが、これをどう評価したか。

 一生懸命にやる、というだけだった。国政を全面的に刷新するという話はなかった。野党との協力をするといった内容や、市民社会、労組団体などと疎通を強めるという話もなかった。

 労働、教育、年金という3大改革を掲げたが、これらはいずれも法案が必要な分野になる。しかし具体的な方法の提示もなく、そもそも先行すべき反省と省察がなかった。変化が感じられない内容だった。

16日、国務会議(閣議に相当)で冒頭発言を行う尹錫悦大統領。一方通行の発言とその姿勢に、保守紙を含む韓国各紙からの批判が相次いだ。大統領室提供。

16日、国務会議(閣議に相当)で冒頭発言を行う尹錫悦大統領。一方通行の発言とその姿勢に、保守紙を含む韓国各紙からの批判が相次いだ。大統領室提供。

——尹大統領の「変化」をいつまで待てるか。

 6月1日に新たに選出された議員による国会が始まるが、そこまでがリミットになる。それ以前にどこまで国政を刷新する内容を尹大統領が見せられるか。

 もし十分でない場合、国会が始まってすぐに大統領夫人やチェ上兵事件(※3)に関する特別検察法が争点になり、政争となる可能性がある。だからこそ、それまでに大統領が総選挙の結果に対する十分な反応を見せる必要がある。

 (※3)チェ上兵事件:昨年7月、河川で豪雨による行方不明者を捜索する過程で、海兵隊員チェ上兵が流され亡くなった。この事件を捜査した海兵隊捜査団長パク・チョンフン大佐(52)は、海兵隊第一師団長、第七旅団長、第七砲兵大隊長、第十一砲兵大隊長など8人に「業務上過失致死」の疑いがあると摘示する捜査結果を7月30日に国防長官に報告後、決裁を経て警察に移牒しようとした。 ところが翌日になり国防長官からストップがかかり、海兵隊第一師団長を外せと指示があった。これに反発したパク大佐は8月2日に予定通り捜査資料の移牒を強行したことで現在、「抗命および上官名誉毀損」の容疑で軍事裁判を受けている。事件の本質は「誰が国防長官に指示したのか」であり、海兵隊第一師団長と関係のある尹大統領の関与が濃厚に疑われている。野党は特別検察の導入をいの一番の課題に挙げている。関与が明らかになる場合、弾劾案件にあるというのが一般的な理解だ。

***

——もう少し選挙の内容に踏み込んでみたい。保守派は総選挙で2度続いての歴史的な大敗となった。文在寅政権で検察総長を務めた尹大統領も元は、保守派の人間ではない。いわば大統領選のために保守派により「輸血」された人物だ。これに検察エリート層が続き、保守派は延命するかのように見えた。だが二度の敗北でそれにも失敗したと見てよいのか?保守派はついに転換期を迎えているのか?ヘゲモニーが進歩派に移動していると判断してよいのか。

 韓国社会は明らかに保守優位の社会からの転換点を迎えている。直近まで4度の総選挙を見る場合、保守の議席が持続的に減っている。

第19代選挙(2012年)からの議席数の変化。赤色が現在の与党・国民の力に連なる政党。20代(16年)では122議席、21代(20年)では103席、そして今回の22代では108議席だった。聯合ニュースより。

第19代選挙(2012年)からの議席数の変化。赤色が現在の与党・国民の力に連なる政党。20代(16年)では122議席、21代(20年)では103席、そして今回の22代では108議席だった。聯合ニュースより。

 そもそも今回、与党は韓東勲(ハン・ドンフン)非常対策委員長の下で選挙戦をたたかったが、いったい何が「非常」だったのかが分からない。同委員会ができたのは、昨年10月のソウル江西(カンソ)区長補欠選での敗北がきっかけだったが、この選挙は尹大統領が主導した選挙だった(※4)。

 通常ならば、大統領室の失敗であったため政府が責任を取るべきだったが、大統領は党に責任を取らせ、側近である韓東勲氏を非常対策委員長に据えた。これは韓国の保守政党のやり方ではない。

 保守派は朴槿惠大統領の弾劾(17年3月)以降、今なお正常化していないと見る。検察エリートは保守派の「空白」を埋めた形だが、今回の敗北により保守派は今後、劉承旼(ユ・スンミン)元議員のような過去に追い出した中道右派や穏健右派をふたたび引き入れる必要があるだろう。

 いずれにせよ、2017年を起点にとても多くものが変わった。民主化以降、ひと世代が過ぎる中で、韓国社会に存在した「保守は有能」、「進歩はアマチュア」という評価は過去の神話となった。

(※4)ソウル江西区長補欠選挙:この選挙の与党候補・金泰佑(キム・テウ)は、23年5月まで江西区長だったが、過去に文在寅政権時代に青瓦台(大統領室)で勤務していた際に得た機密情報を漏洩(金氏本人は公益的な観点から暴露したと主張)した事件の有罪判決が確定し、職を失った人物。だが同年8月15日の『光復節』特赦で尹大統領は服役中の金泰佑を釈放し、ふたたび候補に据え、そして敗北した。一連の動きの背景には、尹大統領の金氏に対する「文在寅政権に立ち向かった人物」という評価があったとされる。

投票日前日の9日、最後の演説を行った後、ソウル清渓川(チョンゲチョン)で支持者と触れ合う与党の韓東勲(ハン・ドンフン)非常対策委員長。大変な熱気だった。畠山理仁さん撮影。

投票日前日の9日、最後の演説を行った後、ソウル清渓川(チョンゲチョン)で支持者と触れ合う与党の韓東勲(ハン・ドンフン)非常対策委員長。大変な熱気だった。畠山理仁さん撮影。

***

——254の小選挙区のうち、共に民主党と国民の力の議席数の差は71(161対90)あったが、得票率は5.4%P差に過ぎない。一方で比例投票での政党別の得票率を見ると、進歩派と保守派の得票率に明らかに差がある(進歩54.78%、保守42.54%)。こうした点を総合的にどう判断すべきか。

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